日本の若手スノーボーダーたちの台頭が目覚しい近年。彼らは若くして世界で活躍するほどのスキルをどのように身につけているのか。次世代の、特にFISへの競技登録ができる年齢(13歳)までの子供たちに焦点を当て、彼らの育成環境を探る連載企画。自身もプロとしての一時代を過ごし、現在は息子の活動を積極的にサポートする上田ユキエが、実際に目にした日米のスノーボード環境の特徴から見える共通点や相違点をもとに考察する。第二章は、アメリカ・マンモスの練習環境について。
Photo&Text: Yukie Ueda
景気好調、アメリカを代表するスキーリゾート
11月初旬、アメリカを代表するスノーリゾートのひとつであるカリフォルニア州マンモスマウンテンのウィンターシーズンが始まった。まとまった積雪により1週間前倒しとなったが、この時期のオープンは例年通りだ。アメリカは雪があれば即座に山を開放し、シーズンのスタートを宣伝をする。
その結果、シーズン初めから週末の宿泊稼働率は100%でどこも予約が取れない状況となり、毎朝リフト券売り場のロビーに入りきらない人たちが建物の外まで溢れ出ている。全部で25本あるリフトのうち運行しているのはまだ2~3本。それでも1日券は$150という価格からスタートした。
変動制のリフト券の金額はハイシーズンは$300近くまで上がると見られている。日本円に換算すると1日券が2万円~4万円近くにもなる。更に、今年値上がりした宿泊費と食費を合わせると家族旅行でどれだけの費用が必要なのだろうか。にも関わらず、リゾート地へ人々は押し寄せているのだ。お金の使い方もリゾートの楽しみ方も日本の感覚とはかけ離れている。
そんなアメリカを代表するスキーリゾートで、息子は今シーズンで4年目となるスノーボードチームへの所属を決めた。なかなか想像できないであろうアメリカでのお金の流れやチームの活動内容には、日本人にとって興味深いヒントが隠れているのではないかと思う。
名門スノーボードチーム
11歳の息子(以下トラ)が所属するマンモススノーボードチームは6歳以上のスノーボーダーが対象で、地元を中心に遠方(LAやサンディエゴなど)から通う子供たちもいる。習い事やクラブ活動のように週末を利用して滑るクラスもあれば、トップアスリートを目指して毎日滑る本格的な育成クラスまである。このチーム出身のアスリートには、クロエ・キム、マディ・マストロ、ブランドン・デイビス、ジャッド・ヘンケス、ダスティー・ヘンリクセンなど、現在のオリンピック選手や業界のリーダーも多く含まれており、いわばアメリカの名門スノーボードチームとも言える存在なのだ。
チームは大きく6つに編成されている。6~8歳のMINI SHREDDER(小さな滑り手たち)、9~12歳のDevelopment Team(開発チーム)、13~20歳のJunior Team(ジュニアチーム)、9歳以上が対象のフリーライド技術を磨くBig Mountain Team(ビッグマウンテンチーム)、13歳以上の選抜されたアスリートで構成されるElite Team(エリートチーム)、13歳以下の選抜されたアスリートで構成されるHomies Team(仲間たち)と分かれる。
トラは今回新しく編成されたホーミーズに所属することになった。まだFISレースの出場年齢には達しないが本格的に競技を目指す、いわばエリートチームの予備軍であり、本連載がフォーカスする年代だ。今年度からこの年齢層の需要ができたということは、アメリカでも本格的に競技を目指す子供たちが低年齢化しているということなのだろう。
スノーボードを基礎から学ばせ、トレーニングの50%は山全体を滑走し、総合技術を向上させることを重視している。加えて全種目の競技(ハーフパイプ、スロープスタイル、GS、SL、スノーボードクロス、レールジャム)に対応できるようトレーニングされ、基礎が備わった9歳以降は更に技術レベルや個人の要望に合わせて技術開発していくという流れだ。
チームのレベルにより滑走日数は変わり、費用はローカルであれば通常の半額近くが割引となる。それに加え、学業と両立して良い成績を残すと遠征費の援助などが受けられる奨学金制度もある。こういった制度を見ると地元の選手を育てるために地域からも力を注がれていると感じられる。
費用は内容によって異なるが、ワンシーズンで大体$4,000〜$9,000ほど。アメリカの物価同様に日本人からすると決して安い金額ではないが、シーズン中の6ヶ月近くを管理しコーチングしてくれるこのカリキュラムには非常に大きな価値があると思う。
『優秀な選手としての技術、態度、成熟度、および労働倫理を備えた能力を持つ選手のためのチーム』と定義されるエリートチームは、子供たちが憧れ目指す場所である。ただ技術が上手いだけではなくお手本となる人間性も重視され、それは親やコーチだけでなく年下の子供たちへの接し方にも現れる。憧れの存在をお手本にしながら育っていく環境、これもまた学校とは違う学びの場である。
スノーボードチームの活動
今シーズンのホーミーズチームの活動は、午前8時半から午後3時までで週5日間。11月から4月まで120日間ほどになる。そのため学校の授業はホームスクールというアメリカの学校制度を利用する。オンラインで受講できるのでスノーボードやスポーツに限らず、何か特別な趣味や個性を生かしたい場合にも利用されている制度だ。学校に通わずとも授業を受けることができるので、スポーツに打ち込んでも学校教育から遅れをとるわけではない。ホームスクールで素晴らしい成績を取ることもレベルの高い大学へ進学することも可能なのだ。
ちなみに以前までのチーム日程では、ホームスクールを利用せずに学校とスノーボードチームを両立することができた。朝スノーボードウエアを着て登校し、ランチの後のチャイムでチームの子供たちは山へ向かう。午後の授業は音楽や美術など選択授業という感覚で、休んでも支障はない。学校を休まなくてはスノーボードの練習や大会に時間を費やせない今の日本の学校制度とは異なる一面である。
冷たい冬の朝8時半、トレーニングが始まる。集合場所で準備体操をしてからリフトへ乗り込む。足慣らしで向かうのは一番急な斜面。「チームメイトを吹っ飛ばすなよー!」コーチが叫ぶなか、ハイスピードで急斜面を勢いよく滑り降りていく子供たち。ときにスイッチスタンスで、ときに非圧雪のボコボコの硬いバーンを滑り降りていく。その朝パウダーであればクリフをガンガン飛んでいく。大きな雪山でスピード感を養い、あらゆる地形を滑ることでスノーボードを上達させ基盤を作るのだ。
マンモスのパークは初級から上級までのレベルに分かれている。エリートチームはメインの上級パークのジブアイテムやビッグキッカーで練習し、ミニシュレダーは初中級パークでボックスやミニジャンプで練習をするなど、コーチはそれぞれのチームに合ったプログラムで練習を進めている。
ハーフパイプもパークの中にあるのでリフトで流しながら練習ができるし、大会に合わせてスノーボードクロスやGSやスラロームといったレースバーンの練習をすることもできる。同じエリアにいれば違うチーム同士がリフトから声援を送り合い、互いに緊張感を和らげる姿も見られる。
チームトレーニングでは週2回、トランポリンの練習を取り入れている。雪山トレーニング後ジムへ移動し、トランポリン用のボードを装着して体の使い方や回転を習得する。日本のエアバッグ施設にはおよばないが、シーズン中も天候に左右されない室内施設でコーチが付き添い練習できるのは良い環境だ。
技の練習だけではない、雪山を滑走するために大切な技術を教えてくれる。これがマンモスチームだ。
滑りだけではない学び
チームの教えは雪山で滑ることだけではなく様々な講習にまでおよぶ。チームに参加してすぐ『雪崩講習』がおこなわれた。雪崩が起こる原理、雪に埋まってしまったらどうやって自分で呼吸を確保するのか、どうやって仲間を助けるのか。子供たちがそれを学ぶ環境に驚いた。
マンモスマウンテンはスキー場内の半分以上を自然のままの地形や雪の状態で開放している。ゲレンデはパトロールが危険のチェックをしているので多くの危険性は排除されているが、ちょっとした地形で小さな雪崩が起こることもあれば、ツリーホール(木の根っこ部分の穴)に嵌ったり埋まったりすることもある。そういった危険性は各リフト乗り場にも看板で表示されていて、しっかり周知されている。
ゲレンデを滑る子供たちが雪崩に遭遇することはまずないだろう。しかし日本のように整備された場所しか開放していなくてもゲレンデ内で雪に埋もれてしまうといった事故は起こる。雪山で危険な状況に陥った場合どう対処すればいいのか、仲間同士でどう助け合うのか。雪崩の原理、地形の読み方、雪の特徴など、雪崩に限らず雪山を滑る上で持つべき知識を最初に教わることはとても大切だと気づいた。
他にも興味深かった講習はメンタルトレーニングだ。なんと講師は元グーグル社の女性秘書。『どうしたら本番で自分の持っている力を最大限に発揮できるか』という内容だ。本番前に気持ちを調整する方法、怖さを克服し自信を持つために体と心をコントロールする方法。敏腕女性秘書の講義を紙とボールペンを手にした子供たちが真剣に聞きながら書き取っていた。
質問をされれば挙手し堂々と意見を述べる子供たちの姿。アメリカの教育はただ教え込むのではなく自分で考えさせることが基本にあり、自分の意見を人前でも堂々と発言することに幼い頃から慣れている。
大雑把で自由だと思えるアメリカ。しかし、こういう教育方法が子供たちの早い自立を促している気がするのだ。
コーチとの絆
シーズン中これだけの時間を共に過ごすのだから、コーチやチームメイトたちとの絆は深くなる。ときにチームメイト同士の喧嘩も勃発するし、コーチから怒られ親が呼び出しを食らうことだって起こりうる。天気のいい日も悪い日も、調子のいい日も悪い日も、雪山で子供たちを一番近くで見てくれているのは親ではなくコーチだ。だから大きなキッカーで躊躇するときも、大会前の不安な気持ちになっているときも、一番近くで寄り添い自信を持たせてくれる存在となっていく。
とあるパウダーの日、ホーミーズのリフトに乗り合わせた。「みんなと一緒に滑るといつも出来ないこともやれるんだ」と嬉しそうに話すトラに、「友達はスノーボードが楽しくなる一番の要素だからね」と答えるコーチ。彼らもまたスノーボードの魅力を存分に知っているからこそ、コーチという職についているのだろうと嬉しくなった。
早い時期から種目を絞り、その競技の練習に集中すれば難易度の高い技を完成させるのに手っ取り早い。オールラウンドにスノーボードをすれば総合滑走能力が上がり、あらゆる状況に対応できるようになる。どちらにもそれぞれの特性があるが、目指す場所への近道は一体どちらなのか。
ここで私がその答えを出すことはできないし、その子に合ったやり方もあるはずだ。国民性、個々の性格、能力、タイプ。種目や男女間でもその差があるのかもしれない。身近な環境だけでなく世界には様々なやり方がある。大事なことは、それを知ることだ。それが環境をよりよくするためのヒントになるのではないだろうか。
13歳、15歳と次のステージになれば活動範囲はまた変わっていくだろう。だからこそ、二度と来ないこの時期を大事に過ごさせてあげたい。日本の環境も知った本人が迷いなくマンモスチームでスノーボードすることを選んだ今シーズン。私はその選択は間違っていなかったと思いながら過ごしている。
『We Are The Future.』~日本とアメリカをつなぐ子供たち~連載企画
第1章 From Japan. 日本の選手が強くなったワケと子供たちの練習環境 はこちらへ。
第3章 From Japan. 日本の雪山、ニセコ
第4章 From Japan. 日本のパーク環境、白馬47
第5章 From Mammoth. 世界トップレベルのパーク、マンモスマウンテン