9歳の息子がバックカントリー装備を背負ってフリーライディングコンテストに出場。上田ユキエファミリーの「JFO Japan Freeride Open」体験記。

「トラも出場してみたら?」そう声をかけられた時は正直、9歳の息子がバックカントリー装備を背負って山を滑るのはまだ早いのではないかと感じていた。
しかし出場資格をちょうど満たした年齢でもあり、今シーズン日本の雪と地形でフリーライディングを滑って来た彼にとっていい機会かもしれないと、12歳以下のクラスへ出場を決めた。
Text: Yukie Ueda
Special Thanks: Japan Freeride Open

ジュニア最年少クラス、伊藤直樹コーチと一緒に

9歳から出場できるフリーライドの大会

大会のメインオーガナイザーである植木鹿一くんが、数年前にこの大会を企画している時に話を聞いたことがあった。

「日本にもこんな大会があったら若い世代や子供達にとっていい環境になる」

自身が海外でフリーライドの大会を通して経験したことを日本の人たちへ伝えたいのだと、熱い想いを形にしようとしていた。滑り手たちの手によって作られる大会はその後「Japan Freeride Open 通称JFO 」という形で実現し、日本でフリーライドが注目されるきっかけのひとつとなった。
そのJFOに息子が出場するチャンスが巡ってきたことへ何だか縁を感じ、残り一枠の出場枠を確保し息子に初めてのバックカントリーギアを揃え白馬へと向かった。

BC装備を背負って滑る日がこんなに早く来るとは思わなかったが、その姿は凛々しかった

イベントの醍醐味

このイベントに興味を持ったのは国内のフリーライド大会というだけではなかった。18歳以下のジュニアクラスの子供達にはプロライダーのコーチが付き、大会のアテンドを始め1日を通してビーコンサーチの練習やフリーライドレッスンを行ってくれるというのだ。

番号札を持ったコーチの元へ集合、みんな初対面だった

朝の集合場所で会ったのは、伊藤直樹コーチ。チームメイトもコーチも初対面でトラは少し緊張気味だったが、同じくコーチを担う顔見知りの渡辺大介が気分を和ませてくれた。現役プロライダーのコーチ達がそれぞれ子供達のテンションを上げながらリフトで山へ登って行った。ワクワクと緊張に包まれた子供達はチームメイトと徐々に打ち解けながら笑顔を見せていた。
その情景はふと、これまで過ごしてきたアメリカの環境を思い出させた。コーチが主導で子供達が動く。それは親が子供をアテンドするのとは全く異なった雰囲気なのだ。

顔見知りの渡辺大介が気を緩ませてくれた

コーチが付いてくれると、親は自由に滑ったり観戦ができる。イベントの場には顔見知りの業界人が溢れていて同窓会みたいに盛り上がっていたが、その中でも私の心を弾ませたのはこのふたりだ。
旧姓、下仲智子、山越知子。プロライダーだった二人とは同じ時代を過ごし時に戦う同志でもあった。そんな私達が今この場で「選手の母」として再会したのだ。
ふと周りを見渡すとスノーボードの世界で合わなくなってしまった人の方が圧倒的に多いことに気づく。だからこうして雪山で同世代の仲間に会えると何だかホッとする。ましてやこの二人は息子をチームへ預けさっそくパウダーを楽しみに山へ向かうという、同じような志を持っていた(笑)。
この再会が私を心強くさせたのは言うまでもない。

雪山で会う私たちは完全に時を越えていた。同じ土俵にいたのは20年以上も前なのに

厳しいコンディション

大会当日は深夜に降り積もった雪で斜面が真っ白に覆われ、青空が顔を出した。
最高なコンディションに思えたが、朝から予想以上に気温が上がり大会の斜面は強い日差しを受け、みるみるうちに雪質が変化していった。そんな中、子供達はコーチと共にインスペクションを行った。

チームごとにコーチについてインスペクションを行う
山を滑り慣れているコーチが子供達にわかりやすく注意点を教えてくれていた

トラを含むチームはジュニアの中でも最年少。小さな体と短いボードはストップ雪に捕まり上手く滑り降りることが出来なくなっていった。
しかし、これも大会なのだ。その日のコンディションは皆に同条件である。その中でどうやって自分の力を出しきるか、自然の中で戦うスノーボードはそこがまた面白い。
滑ったことのない山、斜面。甘えた様子は見せず堂々としていたのはチームメイトの中にいたからに違いない。仲間の前でかっこ悪いところは見せたくない男心だろう。

本当は不安もあっただろうが母にも弱音は見せず
変化する雪質の中、地形を見て想像力を働かせる子供達

スタートからの映像では緊張しながらも躊躇せずに急斜面へ飛び込んでいく姿があった。

スタート地点では口数少なく緊張しているようだった
いさぎよく、ドロップイン!コーチ達の歓声が後を追う

滑り降りてくる豆粒みたいな息子をゴール地点から眺めていた。何度も転倒した。だけど得意のトゥイークも決めた。彼なりの精一杯のランだったと思う。
同じコンディションの中、スピード感を維持しながらコントロールして降りてくる子もいたし、上手い子が沢山いた。フリーライドの世界を目指して頑張っている日本の子供達がこんなにいることに驚いた。ゴール地点では悔しくて泣く子もいたが、忘れたかのようにキャッキャとはしゃぐジュニア選手達の姿もあった。

ゴール地点で雪合戦していた12歳以下の仲間達。下仲智子の息子ネオ(左)は堂々の3位だった

それぞれの想いを抱えながら、午後は気持ちを切り替えてコーチとのセッションが始まった。
それは大会の緊張感を上塗りしてしまうほど刺激的で楽しいセッションだったようだ。

緊張の大会を終え、コーチとのフリーライドセッション!チームメイトもすでに仲良し
日本の雪山で日本人の仲間達と滑る、この情景は彼の心に焼きついたはずだ
白馬の景色、雪、仲間。どれもが日本らしかった
こっそり紛れて滑っていた母達

チームメイトは9歳のトラをはじめ10歳11歳の男の子たちだったが、皆フリーライディングが上手で、木の中を楽しそうに飛び回っていた。
太陽が山陰に隠れるまで滑り続ける子供達がいた。時間の許す限り子供達を引き連れて一緒に滑るコーチの姿があった。

ツリーの中の雪は一日が終わるまで良かった
みんなパウダーもツリーランも上手!
「あそこ飛ぼうぜ!」小さくとも立派なフリースタイラーたち

この日限定のチームだったけれど、コーチとの信頼関係と仲間意識が芽生えた素晴らしい1日となったようだ。

コーチとのHigh Five
セッション終了時にはチームがひとつになっていた

この最年少チームからは表彰台に上がれる子はいなかったが、小さな彼らにとって大きな経験となっただろう。今度はきっと僕も。そんな思いが聞こえて来そうな後ろ姿だった。

難しいコンディションの中、表彰台に上がった12歳以下の先輩達

コーチや仲間と滑る価値 

イベントが終わり、帰りの長い道のりの中でトラがふと思いついたように言った。
「ボク、アメリカに帰りたい。今すぐでもいい、帰りたい。」
日本に来てから毎日楽しいと喜び、滞在を延長してもっと日本に居たいと言っていた息子だったが。
「マンモスにいたら、もっと友達とスケートもスノーボードもできる。それが楽しいんだ。」
なるほど、今回チームで滑ったことが彼の記憶を刺激したのだ。仲間やコーチと滑る楽しさを思い出したのだ。
日本に来てから親と滑ることが多くなっていたことに私も気づいていた。
車を走らせながら、新たなヒントを得たような気がしていた。

この経験は、彼に大事な何かを気づかせたのだ

私たちの所属していたマンモススノーボードチームでは、国や州から子供達を育成するための援助がありチームの運営をサポートしている。地元の子供達はチーム費用が低価格になり、コーチたちは安定した仕事として受けることができるのだ。

今の日本にその環境はないけれど、このイベントには確かな価値があった。たった1日でもコーチと仲間と滑ったこの日、みんなの技術とやる気が上がった。

親とは違う、コーチだからこそ子供に与えられる力がある

JFOの取り組みは今後日本の環境を変えるような動きを起こすひとつのきっかけになるかもしれない。願いを込めて、そう思う。

普段は日本の最前線でカメラを構えるプロカメラマン達が、子供達の滑りを追ってくれていた
スタート前の瞬間、側にいてくれたコーチとの絆

TORA BURGR#19 JFO Japan Freeride Open @CORTINA HAKUBA

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★PROFILE
上田ユキエ
プロスノーボーダー歴27年。ハーフパイプとビッグエアーの選手としてプロ戦やワールドカップを転戦し、ムービー制作やスノーボードブランド立ち上げなど日本のガールズシーンを盛り上げたのち、結婚を機にアメリカカリフォルニア州へ移住。マンモスマウンテンに拠点を移し日本とアメリカでスノーボード活動を続けて来たが、今回家族ごと1年間の日本移住を果たす。
SPONSOR: K2 SNOWBOARDING, BILLABONG, UN, RONIN EYEWEAR, HAYASHI WAX

ORION 虎之介
2011年4月5日生まれ9歳。カリフォルニア生まれの日系アメリカ人3世バイリンガル。スノーボードとスケートボードが大好き。USASA全米スノーボード選手権2019 7Under部門総合3位。
SPONSOR: K2 SNOWBOARDING, BILLABONG, VONZIPPER, UN. RONIN EYEWEAR, ETNIES, HAYASHI WAX, MAMMOTH TRAMPOLINE CLUB