おそらくこれが今シーズン最後の家族スノーボードトリップになるだろう。私たちは岩手安比高原を目指し、南東北から北東北へと向かった。
Text: Yukie Ueda
Special Thanks: 安比高原スキー場
※本企画は、上田ユキエの息子・虎之介(トラ)が、日本各地を訪れ、滑りながらそのエリアやリゾート施設の魅力を英語で海外の人へ伝えるとういうエンターテイメントコンテンツをYouTubeチャンネル『TORA BURGER』で配信。SBN FREERUNの連載記事では、その動画とコラボして上田ユキエ目線で各地の旅の記録を残していく。
北へ向かう
普段滑っている磐梯山を横目に、東北自動車道を北へ進む。盛岡に近づくと、目の前に突如どーんと山が現れた。南部富士と呼ばれる岩手山だ。さすがの風格に思わず感嘆の声をあげた。
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「八幡平」それは私にとって懐かしい響きだ。90年代の国内プロツアーといえば、北海道の旭川から始まり八幡平へ降りるのがシーズンの流れだった。プロツアーに合わせて車ごとフェリーに乗り込み移動するスノーボーダーが多く、顔見知りだらけの船内は修学旅行みたいだった。当時ほとんどのトップアマやプロたちはハーフパイプの大会に出ていたので、大会の場はみんなが集まるお祭りみたいだった。車を持っていなかった私は「やどかり族」と称して身を乗せてくれる仲間を探しながらプロツアーを転戦していた。今思うとなんて甘い考えだったかと思うが「やどかり族」仲間は他にもいて、「あの車、もうひとり乗れるって!」などと情報交換をしたり、見つからなければ夜行バスや電車で移動するのも苦ではなかった。
そんな時代を思い返しながら、岩手山に迎えられ八幡平へ入った。
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実は八幡平市に位置する安比高原へ訪れるのは初めてだった。
四半世紀もの間、スノーボードを片手に国内や海外へ旅をしまくってきた私。主要なエリアはほとんど滑ったつもりでいたが、今シーズン旅の予定を組み立ててみるとまだ行ったことのない魅力的な雪山が沢山あることに気がついた。以前行ったことはあるがもう一度ちゃんと滑ってみたい山を含めると1シーズンでは滑りきれないほど。
安比もそのひとつだ。玄人な北東北のスノーボーダーからその雪質と地形の良さを聞いていたのでパウダー狙いのハイシーズンも魅力的だったが、今回は敢えて春を狙うことにした。そこにはまた別の目的があったからである。
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山頂から日本を見る
広く見渡せる岩手の大地に、そのリゾートは静かに佇んでいた。例外になく今シーズンはコロナの影響で普段にはない静けさに包まれているようだが、それとは関係なくこの雄大な土地の中にどっしりと佇む安比高原リゾートは静寂さと煌びやかさの両極端を持ち合わせていた。日中に移動した私たちは夕日が沈むゲレンデを眺めながら心地良いベッドでゆっくり体を休めた。
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翌朝は快晴。到着時に紹介してもらった安比歴20年スクールの校長及川さんとゴンドラに乗り、山頂を目指す。その土地のローカルに案内してもらうほど贅沢なことはない。
ゴンドラ山頂駅から遊歩道を5分ほど登ると標高1,300メートルの前森山山頂に立つことができ、美しい大パノラマが広がっていた。
頂上に設置された天空ブランコを漕ぎながら壮大な景色を見渡す。道中に見た岩手山を始め、八幡平、七時雨山、姫神山などが見渡せ、及川さんが鳥海山や八甲田の方面を指差し教えてくれた。青森の先の海を越えると北海道なのだと説明するとトラは目を輝かせた。飛行機やフェリーで行った北海道が近くに感じる。日本全土はカリフォルニア州にすっぽり収まってしまうほど小さい。だからこそ移動が簡単で様々なエリアを堪能できる面白さがあるのだと思う。
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この山を守ってくれていると言う安比山頂神社に参拝し、私たちはワクワクしながらボードを装着した。
安比の面白さ
まずゴンドラ頂上から一気に5.5キロを気持ち良く駆け抜けた。程よくスピードの出るメロウな斜度の圧雪バーンは、朝イチの体にはたまらなく気持ちがいい。幅広い層が楽しめそうなこの「ヤマバトコース」は、滞在中私の朝の日課となった。
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安比といえば東北を代表する大規模なスキー場で、スキー客やファミリーのイメージも強い。しかし今回訪れてみてスノーボーダーが喜ぶネタに溢れていると感じた。既にクローズしてしまっていたが西森山のツリーランの評判は耳にしていたので地形やツリーの感覚をチェックしておいた。なるほどこれは海外ライダーも満足するロケーションだろう。
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地形でも人工物でもとにかく飛んだり当て込んだりするのが大好きな夫と息子。日本はゲレンデが整備されすぎているので自然地形で遊べる場所が少なく、私が日本で滑っていた頃よりもパークが常設されているゲレンデは減少していた。
そんな中、今年から出現したという安比のクエストパークは彼らのテンションを上げ満足させるに充分だった。夫と息子は声を揃えて「キッカーが上がっていて飛びやすい」「マンモスのキッカーみたいだね」と言った。
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私たちの拠点にしていた世界屈指のパークを誇るマンモスマウンテンのキッカーは初心者や子供が滑るラインでも大小関わらずジャンプはもっと上に飛ぶように設計されている。一方、日本のパークは安全設計を重視しているところもあり、飛び出しをあまり上げていないジャンプが多い。久しぶりのアップ系に「回転の練習がしやすい」と、トラはさっそくフロントフリップやバックフリップに挑戦し始めた。安比はジブアイテムも充実しており、リフトが止まるまで親子で活き活きと滑る姿があった。
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安比で開催されているスクール「クエストアカデミー」では、レベルアップを目指す人へのプロコーチングと初めてパークへ入る人への無料パークレッスンを行なっている。今回トラはクエストアカデミー体験ということで、代表でもあり私の旧友でもある佐藤ヤスくんにコーチングしてもらった。それはアメリカでは体験したことのない指導法で、彼の元で指導を受けている日本人スノーボーダーが世界のトップへと駆け上がっている現状に納得するものだった。
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アカデミーに通う子供達に混ざって練習したこともまた大きな経験となった。日本の子供達はよく練習をする。雨が降っても、板が走らなくなっても、何かを理由にやめることはなく当然の如く滑り続ける。その中にいると自然にトラも頑張っていた。
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「この姿は、アメリカ人にはないよね」親の私達は見守りながらそうつぶやいていた。
「こんなに頑張ったの、はじめて…」トラはヘトヘトになりながらも、これまでにはない確かな手応えを感じていたはずだ。
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贅沢なリゾートの価値
レモンイエローの高くそびえ立つタワーは安比のランドマークとも言える。広いゲレンデを滑りながら目印にもなる。
今回ホテル安比グランドのエグゼクティブタワーファミリールームに10日間滞在した。日本でリゾート滞在というと1〜2泊のイメージだが、北米では家族旅行でも1〜2週間の滞在を楽しむ姿は珍しくない。仕事の休みの取り方に大きな違いがあるのだと思うが、思い切り日常から離れる時間があるからこそまた仕事を頑張れるという印象だ。
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ホテルルームには幅の広いベッドが3台。リビングスペースにはゆったりとしたソファーやテーブルがあり、ひとつの空間の中で寝室スペースと分かれていてとても過ごしやすかった。入り口付近にはウォークインクローゼットを兼ねたドレッサー付きのスペースもあり、スノーボードギアがあっても部屋を広々と使えた。
窓の外には壮大な景色が広がり、私たちは目覚ましをかけなくとも5時過ぎの朝日で目を覚まし夜は早めにぐっすりと眠ることができた。トラは朝日とともに目を覚ますと窓辺のデスクで自ら勉強をしていた。リゾートにいながらも大自然に包まれているようだった。
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ホテルの食事のクオリティーの高さは素晴らしかった。きっと岩手の食材が美味しいのだろう。その美味しさについ食べ過ぎて体が重くなりそうだったが、とにかく滑って体を動かせるのだ。
ホテルから一歩踏み出せばゲレンデが広がっている。私は毎朝8時半のゴンドラに乗り、山頂からボトムまで一気に滑り降りることを繰り返した。夕方の4時前にもう一度ゴンドラに乗り、夕暮れのゲレンデをお散歩するのも好きだった。
バラクラバから顔を出し、気持ちの良い空気を吸い込みながら雪の上を駆け抜ける。コロナが蔓延している最中だが、こうしてマスクを外して自然の空気を吸うことは心にも体にもとても大事なことだと改めて感じた。
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「パウダーの降り積もるハイシーズンにまた来てみたいね」ちょっぴり心残りなほど、安比は魅力的だった。
私たち家族の日本スノーボードトリップのラストは、岩手の美味しい食材と雪山のご馳走をいただき、人々の温かさに触れる素敵な滞在となった。
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▼TORA BURGER#22 APPI RESORT@IWATE 安比高原スキー場
「CALI TO JAPAN TRIP」過去の記事
EPISODE 1 – 北海道旭川の旅。はこちら
EPISODE 2 – 岩手夏油の旅。はこちら
EPISODE 3 – 北海道ニセコの旅。はこちら
EPISODE 4 – 北海道ルスツの旅。はこちら
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★PROFILE
上田ユキエ
プロスノーボーダー歴27年。ハーフパイプとビッグエアーの選手としてプロ戦やワールドカップを転戦し、ムービー制作やスノーボードブランド立ち上げなど日本のガールズシーンを盛り上げたのち、結婚を機にアメリカカリフォルニア州へ移住。マンモスマウンテンに拠点を移し日本とアメリカでスノーボード活動を続けて来たが、今回家族ごと1年間の日本移住を果たす。
SPONSOR: K2 SNOWBOARDING, BILLABONG, UN, RONIN EYEWEAR, HAYASHI WAX
ORION 虎之介
2011年4月5日生まれ9歳。カリフォルニア生まれの日系アメリカ人3世バイリンガル。スノーボードとスケートボードが大好き。USASA全米スノーボード選手権2019 7Under部門総合3位。
SPONSOR: K2 SNOWBOARDING, BILLABONG, VONZIPPER, UN. RONIN EYEWEAR, ETNIES, HAYASHI WAX, MAMMOTH TRAMPOLINE CLUB