上田ユキエと水上真里、プロスノーボーダーの女ふたり旅。大好評の本連載企画は、彼女たちが日本のしっぽり渋い雪山を探し求め、食や温泉を重視した大人の旅である。今年、彼女たちが選んだ旅先は東北エリア。福島、宮城と巡り最終目的地の岩手県・夏油高原スキー場では多くの人たちから歓迎され、ベストコンディションの整ったナイターを味わうことができた。
各地で東北の人が持つ心の温かさを感じているふたりは、とうとうこの旅の最終日を迎えた。最終回では、夏油でのラストセッションの模様と、この旅でふたりが感じたことを伝えてもらう。
Text: Yukie Ueda
Special Thanks: K2 SNOWBOARDING、Gnu snowboarding夏油高原スキー場

ダミー
最終日のご褒美。青空と白い雪はいつだって私たちを幸せな気持ちにしてくれる

生き抜くために必要な何か

最終日の朝、青空が広がった。木々には真っ白な雪が積もりため息の出るような美しさは、まるで私たちのファイナル舞台にデコレーションしてくれているようだった。

ダミー
雪の積もり方も、地形も、空の色も、いつも違う。だから私たちはこの美しい自然に魅了され続けるのだろう

大自然の美しい空気と情景の中で体と直感全てを使って駆け回っていると、人間は本来動物なのだと気づかされる。便利な道具に囲まれて生活をしている私たちは、その分、野性的な何かを失っているのではないだろうか。本来私たちが持って生まれたはずの、「生き抜くために必要な何か」を。私たちにとってスノーボードは、「それ」を呼び起こし、研ぎ澄ませてくれる手段でもあるのかもしれない。だから私たちはこの感覚を失くしたくなくて滑り続けているのかもしれない。

ダミー
自然の中に入ると、研ぎ澄まされる感覚。ずっと失くしたくない
下界に広がる景色を眺めながら、朝一番の最高に綺麗なバーンを二人並んで爽快に飛ばす。ゴンドラを降りてベースまでの長い距離を一気に滑り降りる。滑っている間に私たちの目に入るのは広く見渡せる岩手の景色と、真っ白に化粧をした周囲の木々。聞こえるのは相棒と私が雪を踏みしめるリズムと、ヒューヒュー上げる歓喜の声。私はそれだけでも最終日のご褒美をもらったような気がしていた。
真里は最後まで必死に良い画を残そうとしていた。少しトラバースしてみると、もう切りがないくらい美味しい斜面が出てくる。夏油は私たちを東京へ帰らせないようにしているのだろうか。
長い距離を爽快に飛ばせる朝の圧雪バーンは最高!  Yukie Ueda, Mari Mizukami Photo: Takahiro Nakanishi
長い距離を爽快に飛ばせる朝の圧雪バーンは最高!  Yukie Ueda, Mari Mizukami Photo: Takahiro Nakanishi

私たちはいくつかの気持ち良いラインを刻んだ。

岩手の景色に飛び込むようにターンする気持ち良さ。 Yukie Ueda Photo: Takahiro Nakanishi
岩手の景色に飛び込むようにターンする気持ち良さ。 Yukie Ueda Photo: Takahiro Nakanishi
雪面がキラキラ輝くダイヤモンドパウダーに自分のラインを刻む瞬間がたまらない。 Mari Mizukami Photo: Takahiro Nakanishi
雪面がキラキラ輝くダイヤモンドパウダーに自分のラインを刻む瞬間がたまらない。 Mari Mizukami Photo: Takahiro Nakanishi


40代女、会心の飛び

ふと見上げると綺麗な青空に真っ白な雪庇がせり出していた。それは眩しいほど美しかった。(ここを飛びたい)。そんな衝動に駆られた。

今更、雪庇なんて飛ばなくてもいい。飛ぶつもりもなかった。これこそ野性の本能がそうさせたとしか説明出来ないけれど、私は衝動に突き動かされるかのようにハイクアップをし始めた。

着地の雪をチェックして、斜度を見て、助走を取った。中西カメラマンがそんな私に気づいて遠くから慌ててカメラを構えてくれた。

1発目、ここ数年ないくらい飛んでった(笑)。 メチャクチャ気持ちが良かった。普段は撮影に対して冷静な自分が、なぜかこの時は衝動に駆られて「今ならイケる!」という気持ちで飛んでしまった。時間との戦いだったし、とにかく飛んでおきたかったのだ。おかげで撮影の準備が間に合わず映像は残せず、慌てて構えてくれた写真もイマイチだったが(苦笑)、私の中では何か吹っ切れたような気持ち良さだった。

その後きちんとカメラを構えてもらって再度挑戦するものの、私は飛ぶ方向を少し間違えて危うく中西カメラマンを踏み潰すところだった。私を信じてそんなところで構えてくれていた中西くんに申し訳ない気持ちになったが、未遂で終わって何よりだ。着地に失敗してその後ゴロンゴロンに転がったけど痛くも何ともなかった。たぶん後から40女の体には響くだろうと思ったけれど、むち打ちくらいなら戦いの勲章みたいで久しぶりに心地いいだろう。

やっぱり飛ぶって気持ちいい!スノーボードは空を飛ぶ魔法のホウキだ。 Yukie Ueda Photo: Takahiro Nakanishi
やっぱり飛ぶって気持ちいい!スノーボードは空を飛ぶ魔法のホウキだ。 Yukie Ueda Photo: Takahiro Nakanishi

そんな私を真里は遠くから見つめていた。真里も飛びに来るかな?と思っていたけど、彼女は来なかった。後から真里が言ってた。「ここはユキエちゃんの45歳の会心の飛びだと思ったから、私は行かなかったんだ。カッコ良かったよ」。

今もスキーでぶっ飛んでる52歳になった隊長が見守ってくれていて、潰されそうになってもカメラを構えてくれる中西くんがいて。そこにいた誰もが45歳の上田ユキエに出来ると思ってくれていたから、私はやれたんだと思う。普通はその年代の女性がそんなところを飛び降りるなんて絶対止めると思うけれど(笑)。私を導いてくれるクレイジーで信用できるクルーがそこにいたのだ。

ダミー
突っ込みどころ満載な、愉快な男性たち。仕事はプロフェッショナル。だから安心して滑りに集中できた

天気が良かったから昼近くになると日の当たる斜面の雪はどんどん重く変化していった。そろそろ潮時かな。この日、東京に向かう私たちに与えられた時間にはリミットがあった。案の定、私たちはそのタイムリミットを越えるほど何度もハイクアップして少しでも多くこの雪に自分のラインを刻んだ。汗だくになって、息を切らせて…。そんなに夢中になれるものって、他にあるだろうか。

豪快に当て込む水上真里のスタイルは健在。 Mari Mizukami Photo: Takahiro Nakanishi
豪快に当て込む水上真里のスタイルは健在。 Mari Mizukami Photo: Takahiro Nakanishi
こんな時、雪の中を駆け回るウサギになれたような気がする。 Yukie Ueda Photo: Takahiro Nakanishi
こんな時、雪の中を駆け回るウサギになれたような気がする。 Yukie Ueda Photo: Takahiro Nakanishi
ゴンドラって最高に話が弾む!裏方とは思えないお手本のようなカッコイイ滑りを見せてくれる隊長、ありがとう! Makoto Kondo, Yukie Ueda, Mari Mizukami Photo: Takahiro Nakanishi
ゴンドラって最高に話が弾む!裏方とは思えないお手本のようなカッコイイ滑りを見せてくれる隊長、ありがとう! Makoto Kondo, Yukie Ueda, Mari Mizukami Photo: Takahiro Nakanishi

旅を終え、最終章をまとめた今、来シーズンはどこへ行こうかとワクワクしている。

私たちはいつまでスノーボードトリップを続けて行くだろう。私と真里ならきっと、自分たちの想像の限界を超えられると思う。日本の雪と温泉と食がどれだけ私たちの欲望を満たし、仲間との旅がどれほど私たちの人生を深くしてくれるかということを、今改めて感じているから。

今回は福島の平さんや岩手の隊長が紹介してくれた人々との素晴らしい出会いがあり、私たちの世界はまたもっと広がった。「また是非来てください」。その言葉がどれほど嬉しいことか。人生の時間には限りがあると気づいた大人になってからの方が、時間の過ごし方や人との出会いを大切に思えるようになったと思う。

ダミー
旅先で待ち受けている一番のご褒美は、雪よりも食よりも最高のクルーなのかもしれない
ダミー
来シーズンのトリップも、この3人が写ってるかな? もう踏まないから…(笑)

大人になってからの旅。女同士の旅。ふたりだからこそ、たった一人の相棒に見せることの出来る自分があり、相手から引き出される自分がいるのかもしれない。

ひとりでも、3人でもない。「ふたり旅」だからこその魅力がある。

ダミー
20数年来のスノーボーダー仲間の私たちは、大人になって改めて絆が深まっている


7年前のあの日を見つめ直した” 水上真里

2シーズン目の女ふたり旅は東北となり、東日本大震災を思い出す旅となった。平 学さんに福島を案内してもらい、改めて震災を見つめ直すことができた。7年前の3月11日、私は平さんの主催するイベントのお手伝いで福島県に向かっていた。地震があった時間、私は1人で車を運転中で、福島県郡山を少し通過した辺りだった。追越車線を少し飛ばしながら走行していると、突然ハンドルが凄い力で勝手に動き始めた。力一杯握りしめてもハンドルは勝手に右へ左へと動き続け、次はどっちにハンドルが勝手に動くのか分からない状況だった。私の力では押さえきれないくらい強い力でハンドルが勝手に動き出す。走行車線に戻ろうと左にハンドルを切ろうとしてもビクとも動かない。危険を感じ、止むを得ず追越車線でハザードを出して緊急停車した。後ろから車が来たらアウトだと思ったが、落ち着いて周りを見渡すと高速の上ではあちこちで車が停止していた。外を見ると電信柱や看板が折り曲がっていた。ハンドルが操作不能になったのはありえないほどの強風が吹いたのかと思い、窓を開けてみたが無風だった。まだこの時はこれが地震だったとは気づいていなかった。私は何が起きたのか状況が全く分からず、恐怖でショックを受けていたので、落ち着こうとパーキングに停めて横になって休んだ。小1時間程して車が揺れて目が覚めた。今思うとあれは余震だったのだろう。

福島のスキー場へ着くと、みんなとても沈んだ面持ちでテレビを見ていた。そこで初めて平さんから大地震があったと聞いた。なぜ運転中にハンドルが効かなくなったのか、それは車が宙に浮いて跳ねていたのだった。運転してきた東北自動車道の地面には私がが通過した直後に大きな亀裂が入ったらしく、完全に閉鎖になっていた。無事で良かったと改めて思った。

自然災害は、いつどのように起こるか予測不能だ。自然の力を前にしたら自分達は無力だ。当たり前の日常さえ、感謝すべき日々なんだとこの震災から教わった。

今回の旅へ出る頃、実は私はかなり落ち込んでいた。いつものようにゲラゲラと大笑いできず、(せっかくの旅の最中にごめん…)って思っていた。旅の途中で耐え切れずユキエちゃんにその出来事を話したら、なんとその辛い内容をチョイチョイ笑いに変えてくれた。ユキエちゃんと話すたび、その辛い出来事の一部がギャグになり、私は大笑いするたびに元気になっていったのだ。ユキエちゃんはスーパーポジティブで、辛い時の乗り越え方を伝授してくれて笑いに変えてくれる。「真里は絶対大丈夫!」そう信じてくれる。この人にそう言ってもらえたら大丈夫だと思えたし、私もそう思わせられる人になりたいと思った。

東北の雪山の景色は真っ白で気持ちも真っ白になった私は、「こんなに綺麗な雪景色を見れるなんて、私の人生は幸せなんだということを思い出してきた。スノーボードをやっていて本当に良かった」と、口にしていた。自然はいろんな形で良いメッセージをくれる。私たちスノーボーダーは自然の中で楽しんでいるから、自然の姿を守っていけるスノーボーダーでありたいと思った。

いくつもの大切なことに気づくことができた今回の旅。私にとって、生涯忘れられない女ふたり旅となった。

真っ白な景色に飛び込んでいく真里。心が洗われ、スノーボーダーでいて良かったと思う瞬間だろう。 Mari Mizukami Photo: Takahiro Nakanishi
真っ白な景色に飛び込んでいく真里。心が洗われ、スノーボーダーでいて良かったと思う瞬間だろう。 Mari Mizukami Photo: Takahiro Nakanishi
ダミー
滑って笑って感動して、私たちの旅を続けよう
パーティーバニー号は東北を後にした。また来シーズンもこの車で旅が出来るといいな

東北・女ふたり旅 〜岩手・夏油最終編〜 MOVIE


「上田ユキエと水上真里の東北・女ふたり旅」過去の記事

Vol.1の福島・箕輪編はこちら
Vol.2の福島・鷲倉温泉・モービル&スノーボード編はこちら
Vol.3の宮城・松島編はこちら
Vol.4の岩手・夏油ナイター編はこちら

★PROFILE

Yukie Ueda, Mari Mizukami
Photo: Takahiro Nakanishi

上田ユキエ(左)
1973年1月22日生まれ。カナダウィスラーでスノーボードを始め23年、ハーフパイプやビッグエアーなどの競技を経てバックカントリーの魅力にはまる。現在はアメリカに移住し5歳の息子を育てながら自らのプロ活動を続ける傍ら、キッズと母親のプロジェクト(LILKIDS&MAMA)や日本の若手をアメリカで経験させるキャンプ(CALI LIFE CAMP)などを運営している。
SPONSOR: K2 SNOWBOARDING, Billabong, MORISPO SPAZIO, NEFF, RONIN, ZOOT, CORAZON SHIBUYA, LALALATV, HAYASHI WAX

水上真里(右)
1976年7月17日生まれ。高校の交換留学生として行ったNEW ZEALANDでスノーボードと出会う。パイプ、ストリートレール、スロープスタイルを経て、現在はバックカントリーを中心にパウダースノーを求めて活動。大怪我をして歩けなかった数年間に、SHREDDING GIRLS(女の子サーファー、スケーター、スノーボーダーの為のイベント)を主催し活動の幅を広げ、最近はスノースケートにもはまっているなど、スノーボードだけに限らず様々なヨコノリの楽しさを発信ている。
SPONSOR: GNU, NORTHWAVE, DRAKE, WESTBEACH, SPY, BLACKDIAMOND, SBN FREERUN, SHREDDING GIRLS, 北海道テレビSnowSweetLife, 赤羽ファースト歯科