アメリカで暮らして気づいたこと、日本は世界中のスノーボーダーが憧れる地だった。日本を飛び出しアメリカの大きな山で滑ることはとても魅力的だったのと同時に、どれほど日本の雪が高い評価を得ているかということに気がついた。
海を渡り故郷である日本と行き来することが困難になってきた今、私たちは家族で日本へ移住する決断をした。1年間という期間限定ではあるが、日本の雪をもっと楽しみたいと思っていた私たちにフルシーズン日本で過ごせるという贅沢な機会が訪れた。
Text: Yukie Ueda
Special Thanks: 富良野スキー場、ぴっぷスキー場
※本企画は、上田ユキエの息子・虎之介(トラ)が、日本各地を訪れ、滑りながらそのエリアやリゾート施設の魅力を英語で海外の人へ伝えるとういうエンターテイメントコンテンツをYouTubeチャンネル『TORA BURGER』で配信。SBN FREERUNの連載記事では、その動画とコラボして上田ユキエ目線で各地の旅の記録を残していく。
旅の選び方
「この冬はラニーニャだ」という噂はシーズン初めの本州には的中しなかった。雪のスタートが少し遅れた為、私はいくつかのスノーボードトリップ企画をパズルのようにカレンダーの中で並べ替えていた。日本のシーズンは短い。11月になると雪山を滑るアメリカの仲間たちの投稿を目にするようになり、日本のシーズンは北米の約半分しかないのだと気づく。そんな矢先、いち早く北海道に移動をしていた水上真里から富良野情報が入った。そこには深く柔らかい雪の中で泳ぐように滑る彼女の姿と愛犬とのシンプルなスノーライフが垣間見え、私の心を躍らせた。「よし!真里の家に滞在し彼女と行動を共にしよう」彼女からのお誘いに丸ごと甘え、第一弾のトリップの行き先を旭川に決めた。
私と真里は長年のスノーボード仲間であり、お互いスノーボーディングへの情熱も理解しあっている。スノーボードトリップを共にするには申し分のない相手だ。そこに加えて今はお互いにコロナに対する危機感がマッチしていることも重要な要素だった。答えのない渦の中にいる私たちは、その感覚を研ぎ澄ませながら行動することが求められている。危機に備え、その中でどうスノーボーディングを続けて行くか。私は真里とは似たような感覚だとわかっていたので、安心して彼女の元へ向かうことができた。
今回のトリップには、私の息子虎之介(トラ)と、真里にはトラと同じくらいの大きさの子犬ヌーピーがいた。再会した私たちは合宿のように毎日のご飯とお風呂とスノーボーディングを共にした。ヌーピーとトラ、真里と私という風にちょうどよくコンビが結成された。ヌーピーも滑る部分以外は全て行動を共にし、時に撮影にも参加するというクルーの立派な一員であった。お互いに犬や子供と行動を共にしながら自身のスノーボードの時間を持つことができるという新たな形の中、私たちの8日間の旭川生活が始まった。
▼TORA BURGER#9 ON OUR WAY TO HOKKAIDO! 北海道旭川への道のり
魔法の雪、富良野
私は富良野の雪が忘れられなかった。数年前の映像や写真を何度見返したところで、あの感覚は実際に自分の足で体で感じなければ蘇らない。ゾクゾクして全身が痺れるような、あの快感。。。
ロープウェイに乗り白い雲を抜けると青空が見えた。真っ白に化粧した木々や誰かが滑ったラインを見るだけで雪の良さが伝わって来る。山頂へのペアリフトに乗り気温の低さに凍えながらも私はポケットから携帯を取り出し目に映る眩しい写真を撮らずにはいられなかった。そこは雲の上の別世界のような美しい情景に包まれていた。
後ろ足にボードを装着し、私たちは水を得た魚のように雪の中へ突っ込んでいった。そう、スピードを持って突っ込んでいけるほど富良野の雪は柔らかな弾力を持って私たちの体を次々と包み込んでくれるのだった。「全然違う… これだ、この感覚だ!」私は込み上げて来る熱いものを感じながら、夢中で飛び跳ねながら滑る息子の後ろを追いかけ続けた。
トラにとってこれは初めての感覚だった。5年ほど前、自分の足でスノーボードを操作できるようになったばかりの彼を北海道へ連れて来たことがある。春の雪をひたすら直下っていた息子だったが、今回は違う。これまで味わって来たパウダーとは何か、いや全然違うのだ。
「浮いてるみたいな感じ」と、9歳のスノーボーダーは表現した。
「真里をフォローするね!」まだ身長120センチほどの小さな体は転ぶと深い雪の中へ簡単に埋まってしまう。初めての場所では必ず誰かの後ろをついて行かせ、私は息子の後ろから滑るようにしている。さすがの水上真里は、地形を使い遊びながら山全体を滑ってゆく。パウダーターンするだけでは満足しない息子にとって真里が滑るラインはいいお手本だ。真里の後ろを追いかけ、時に自分のラインを刻み、ノンストップで勢いよく滑り続けた。その後ろを追う私は長いコースを1本2本と滑るごとに彼の動きが変わっていくのがわかった。ハイスピードで壁に当て込み勢いよくスプレーをあげながら目に入る起伏を次々とヒットしていく。まるでこの雪の中では自分の能力がパワーアップしたのだというように、装着した一枚の板で富良野の壮大なゲレンデを自由に駆け回っていった。その姿を見て改めて確信した。やはり富良野の雪は魔法なのだ!大人にも子供にも。
▼TORA BURGER#10 FURANO SKI RESORT@Hokkaido with Mari Mizukami 水上真里ちゃんと北海道富良野スキー場の巻
地形が面白いぴっぷスキー場
旭川を拠点にすると、いくつかのスキー場へ1時間前後のドライブで行くことができる。旭川市内にあるサンタプレゼントパークや私がハーフパイプを始めた頃によく滑ったカムイスキーリンクスなども魅力的だ。今回は行ってみたかったぴっぷスキー場へと足を運んだ。
旭川市内から40分ほどのローカル感満載なこのゲレンデは、冬休期間中であったこの時期地元のスキーヤーの子供達で賑わっていた。アットホームな雰囲気のレストハウスからはガラス張りの大きな窓から広くゲレンデを望むことができ、子供達を見守る母親達の姿も多く見られた。そしてここのゲレ食がとても安くて美味しい!私がこれまで旅した日本のスキー場の中でもトップレベルだ。リフト券に昼食券や温泉券のついたものがありその価格の手頃さにも驚かされた。
ゲレンデは綺麗に圧雪されたバーンと同じくらいの非圧雪バーンが広がり、パウダーを存分に楽しめた。「DEEP SNOW 深雪」という非圧雪で斜度感あるコースや、「STRAWBERRY」というサイドヒットを飽きるほど当て込みながらボトムまで滑れるコースがある。息子は特にこのストロベリーが大のお気に入りとなった。
ダイヤモンドダストがキラキラと輝く気温の低い旭川のゲレンデだけあり、雪質は極上パウダー。誰かのラインがあろうがなかろうが全く気にならない。フワフワと体を包み込んでは表面に浮かせてくれる雪だ。
いつの間にか太陽が隠れ大粒の雪が雨のように吹雪く中、私は久しぶりに滑ることがやめられない感覚に陥った。滑っても滑っても雪面がリセットして、気持ちがよくてやめられないのだ。こんな気分はいつぶりだろう。撮影を終えても私たちは雪まみれになって滑り、子供のようにハイファイブを交わした。実際にはそこに子供はひとりしかいないのだが…笑。
▼TORA BURGER#11 PIPPU SKI RESORT@Asahikawa Hokkaido 旭川ローカルゲレンデ、ぴっぷスキー場
スペシャルなゲストたち
富良野のスキー場で合流したのは意外なスノーボーダー達だった。スノーボーダーと表現してしまっていいのだろうか、ここ数年ほとんどスノーボードしか履いていないと話すアウトドアブランドを手がける会社フルマークスの若山社長(わかさん)は、なんと本州から休みのたびに旭川にワープして富良野などを滑りまくっているという。オシャレな大人の男の雑誌に登場しそうな車にとんがったシェイプのボードを立てかけ、長めの髪を束ねてさっそうと雪の中を案内してくれた。その絵に描いたような姿に私と真里は少し茶化して「俺のスノーボードライフ」というタイトルをつけた。
北海道で市議会議員も務めるプロスノーボーダー滝久美子さんは、5年前に息子を北海道へ連れて来た際も「クライミングやってみようよ!」と連れ出してくれた。老若男女の心をわし掴みにする凄い人だ。私がスノーボードを始めた90年代前半に日本のスノーボード界で女王と呼ばれていた女性だが、気さくな人柄で周囲を笑顔に巻き込みながら今もストイックに滑り続けている。私に多大な影響を与えてくれているひとりだ。
こんなおふたりと9歳の少年がセッションできるということも、スノーボーディングの魅力のひとつなのだと思う。
スノーボーダーでなかったら、こんな遊び方ってなかなか実現しない。年の差があっても国境を超えても雪の上では同士となり友達にもなれるのだから、スノーボードって本当に凄い。
そんな中わかさんが常に「トラから目を離さないで」と声をかけてくれていたことが、改めて小さな子供と深雪を滑ることのリスクと価値、そして雪山へ足を運ぶことの意味を感じさせてくれた。
リスクがあるからやらない、避ける。ではなく、リスクがあるならばそれを知り対処できる自分になればいいのだ。生きている限りどこにいても何をしていても絶対の安全なんてないのだから。
▼TORA BURGER#12 FURANO@Hokkaido Snowboarding with Japanese friends! 仲間と富良野スキー場
この時期の旅
コロナの影響はこのシーズンを波のように飲み込み始めている。行動を自粛しながら、私たちはどれほど雪山へ足を運ぶことができるだろうか。
だけどコロナのウィルスが届きにくい自然の雪山を滑ることは、心と体の健康を維持するためにも必要なはずだと感じている。
海外にいる友人達にも日本に住むスノーボーダー達にも「是非ここへ足を運んでみて!」と自信を持って伝えたい雪山が、日本には溢れている。日本に滞在している限られた時間の中、少しでも日本の雪山を楽しめることを祈りながら、私たちの旅は続く。
つづく
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★PROFILE
上田ユキエ
プロスノーボーダー歴27年。ハーフパイプとビッグエアーの選手としてプロ戦やワールドカップを転戦し、ムービー制作やスノーボードブランド立ち上げなど日本のガールズシーンを盛り上げたのち、結婚を機にアメリカカリフォルニア州へ移住。マンモスマウンテンに拠点を移し日本とアメリカでスノーボード活動を続けて来たが、今回家族ごと1年間の日本移住を果たす。
SPONSOR: K2 SNOWBOARDING, BILLABONG, UN, RONIN EYEWEAR, HAYASHI WAX
ORION 虎之介
2011年4月5日生まれ9歳。カリフォルニア生まれの日系アメリカ人3世バイリンガル。スノーボードとスケートボードが大好き。USASA全米スノーボード選手権2019 7Under部門総合3位。
SPONSOR: K2 SNOWBOARDING, BILLABONG, VONZIPPER, UN. RONIN EYEWEAR, ETNIES, HAYASHI WAX, MAMMOTH TRAMPOLINE CLUB