『We Are The Future.』~日本とアメリカをつなぐ子供たち~ 第6章 日本人トップ選手4名からのメッセージ

次世代のスノーボーダー、特にFISへの競技登録ができる年齢(13歳)までの子供たちに焦点を当て、日米の練習環境を比較しながら育成の秘密を探ってきた連載企画も、いよいよ最終章。今回は、すでに世界で活躍する4人のプロライダーに3つの質問を投げかけた。連載を通して注目してきた日本のオフトレ施設や、日本と海外との違いをどう感じているか。それを踏まえ、今練習に励む子供たちに伝えたいことは。上田ユキエによるマンモスに訪れた4名のトップ選手へのインタビューで、日本のキッズスノーボーダーたちの未来を探る旅を締めくくる。

Text: Yukie Ueda


日本のスノーボード環境で育ち、世界のトップへ上り詰めた選手たちがいる。彼らはどのような子供時代を過ごし、日本から世界へ出た時に何を感じたのだろう。3つの質問へ語ってくれたトップライダーたちの言葉は、私たちの胸に響く大切なヒントや想いが込められていた。

【3つの質問】
1)日本の練習環境が与えた影響
2)海外に出て感じたこと
3)子供たちへのアドバイス


岩渕麗楽(いわぶち れいら)

種目:スロープスタイル、ビッグエア
主な成績:2022年北京五輪SS5位、BA4位。同年W杯スイス大会 BA優勝、カナダ大会 BA3位。2023年X GAMESアスペン SS4位、BA優勝
現在の活動:今シーズンFISワールドカップビッグエアで総合チャンピオンとなった。経験と実績が積み重なった21歳の麗楽はその小さな容姿から想像できない強さとオーラを放っている。

Photo: Lee Ponzio

1)日本の練習環境が与えた影響
実は私はすごくビビリなので、いつも恐怖心が練習の妨げになっていました。雪上練習で新しい技に挑戦するときは入念に確認をするし、ひとつのトリックに挑戦するためにすごく時間をかけています。だからこそ、低リスクで練習ができるエアマットという環境が、難易度が高くなっていく技に対する恐怖心を和らげてくれました。私にとってはとても大きな影響を与えてくれた練習環境だと思います。日本のオフトレ施設は充実しているので、恐怖心を減らすだけでなく新しいことにチャレンジしやすいんです。新たな技に挑戦して習得していく楽しさも感じながらスノーボードをできるところが素晴らしいと思います。

2)海外に出て感じたこと
一般のスノーボーダーのレベルがすごく高いです。「トップライダーかな?」って思うほど上手い人が普通にスキー場にいて。日本では見たことがない光景だったので、初めてアメリカに行ったときはびっくりしました。普段の練習環境にレベルが高い人がいるというのはとても刺激になります。「この環境で滑っていたら上手くなるな」と感じました。
規模感という点でも日本との違いを感じました。なかでも、パークの規模が日本とは比べ物にならないくらい大きなゲレンデがたくさんあって、日本でできていたことがアメリカではできないという経験もしました。その経験も、私に刺激を与えてくれたことのひとつだったかなと思います。

Photo: Lee Ponzio

3)子供たちへのアドバイス
子供の頃はずっと父と一緒に滑っていました。もともと人見知りをする性格ということもあり、なかなか自分から友達を作れなかったんです。今思えば、この頃が一番スノーボードをすることを大変に思っていました。友達と楽しく滑るという感覚が分からなかったので、ひとりで滑る楽しさを見つけるのが難しかったんだと思います。また、子供ながらに大会で勝つことのプレッシャーを感じていて、とにかく上手くなろうとすることに一生懸命でした。

トップを目指す過程では、楽しいことよりも辛さを感じることの方が多い時期が来るかもしれないけど、『楽しいからスノーボードをしている』ということを忘れないで欲しいなと思います。周りからのプレッシャーや期待など、色んなものを背負っていかなきゃいけないけど、それ以上に支えてくれる人が必ずいるから。滑ることを諦めないで頑張って!

Photo: Lee Ponzio

冨田せな(とみた せな)

種目:ハーフパイプ
主な成績:2022年X GAMESアスペン HP優勝、同年北京五輪 HP3位
現在の活動:日本代表チームとしての大会転戦の合間にバックカントリー撮影など活動の幅を広げている。オリンピックハーフパイプ日本史上初の女性メダリストという快挙を遂げたが、今も変わらずマイペースにスノーボードを心から楽しんでいる。

1)日本の練習環境が与えた影響
私が小学生の時に小布施クエストができたので、2つのオフトレ施設を使い分けて練習をしていました。学校が終わったらクエスト、週末はカムイ御坂に行くのが日常でした。

実は小学生の頃は学校で友達同士で遊んだり話したりしているのが羨ましくて、『練習に行きたくない』って言ってたこともあるんです。だけどオフトレに行ったら行ったで楽しいから、ずっと続けてこれたのかな。

2)海外に出て感じたこと
大会に出るようになると、海外に滑りに行ってる周りの子たちが羨ましくて。『私も行きたい』って頼みましたが我が家は金銭面的にそれができず、『ナショナルチームに入ったら海外に行ってもいいよ』って言われて。「オリンピック」を目指すことよりも「海外に行きたい」という気持ちが頑張る原動力になっていましたね(笑)。

海外に行けるようになると、時間のある限り滑り続ける日本人選手とは違って、海外の選手は自分の調子やコンディションにあわせて練習を切り上げていることに気付きました。最初は驚きましたが、選手を長くやっているなかで、それが大事なことだと思うようになりました。周りに流されずに、自分が納得できたらその日は練習を終わらせてゆっくり休むことも必要なんだと、今は思っています。

3)子供たちへのアドバイス
スノーボードは家族共通の楽しみであり、家族みんなの趣味でした。私は競技だけを目標にやってきたわけではなくて、子供の頃から今までずっとスノーボードが好きだから、結果が残せたんだと思っています。競技をやめたいと思ったことはあるけど、やめたとしてもスノーボードはずっと続けていきたいです。

今競技をしている子供たちにも同じように、スノーボードを楽しんで好きでいて欲しい。私は小中学生の頃は専門を(ハーフ)パイプにすると決めずに何でもやっていました。そのなかでハーフパイプが得意だということに気づいたんです。だから、若いうちはいろんなことにチャレンジして、自分の得意なものを見つけて欲しいです。


角野友基(かどの ゆうき)

種目:スロープスタイル、ビッグエア
主な成績:2012年Air&Style北京大会 SS優勝。2014年X GAMES BA2位、同年ソチ五輪 SS8位。
現在の活動:現在はアメリカ・ジャクソンホールに拠点を置き、バックカントリーの技術を磨きながら映像の世界でも存在感を放っている。コンテストシーンでもワールドクオーターパイプで優勝するなど現役アスリートでありながらその枠を飛び越えた活躍は、海外で活躍する日本人スノーボーダーの新たな歴史を作っている。

1)日本の練習環境が与えた影響
俺が子供の頃はエアバッグ施設の出始めで。当時は今ほどブラシの質が良くなかったからエッジコントロールが重要だったし、子供が飛ぶにはスピード調整も難しくて。抜けではエッジを立てずにどれだけフラットにして飛距離を稼げるかってことを考えて飛んでた。そういう環境で練習していたからか、回転の練習だけじゃなく、俺はトータルで練習できていたと思う。

雪山とエアバッグ施設は「スノーボードを使った別のスポーツ」ということを理解することが大切。今のブラシは雪と同じように滑れるからわかりにくいけど、雪と人工芝の差は圧倒的に違うから。そこを理解できれば、オフトレの練習をもっと雪上にも活かせるよ。

Photo: @yoshiburger

2)海外に出て感じたこと
アメリカは全部大きいよね、規模が。施設もパークも、ゲレンデのクオリティが全然違う。「スノーボードに乗れてる」=「スノーボードを使った動きが上手い」ってことだから、滑る距離や斜度は大事だよね。日本はスノーボードのスキルを磨く山が少ないのも事実。

そして、こっちの人(アメリカ人)はみんなスノーボードが「好きだから」やってる。日本人は「やらないと(いけない)」と思ってる人が多いんじゃないかな。純粋な「好き」という気持ちが人を強くさせるから、みんな楽しいと思うことをやっていけばいい。でも、いつか楽しいだけじゃ越えられない壁が出てくる。それをどう自分で乗り越えていくかが大事なんだよ。俺は壁にぶつかったら「それを乗り越えて、また楽しいスノーボードがしたい」と思ってやってきた。

Photo: @yoshiburger

3)子供たちへのアドバイス
「楽しい」っていう感覚は何にでも勝っちゃう。「怖い、嫌だ、疲れた」っていう気持ちよりもずっと強い。「楽しい」は人間の限界を上げてくれる貴重なエネルギー源だと思う。なんのために練習するの?って聞かれたら…間違いなく俺は胸を張って言える、『スノーボードが自由自在に扱えたらスノーボードってほんまに楽しい!』って。スノーボードを自由自在に乗れるようになって好きなように楽しめるのが究極だよね。


平野海祝(ひらの かいしゅう)

種目:ハーフパイプ
主な成績:2022年X GAMESアスペン HP3位、北京五輪 HP9位
現在の活動:SLUSHIES、SNOW GROVE AWARDSの2つのルーキーオブザイヤーのタイトルを獲得。本人は大会にフォーカスしていると言うが、滑るメンバーによって自由にスノーボードを楽しんでいる。そんな海祝ならではの魅力で海外ライダーたちからも可愛がられている。

Photo: Kosuke Shinozaki

1)日本の練習環境が与えた影響
バグジャンプの練習は基礎の積み重ねができるので、自分の特徴である高さに繋げることができました。村上(出身地である新潟県村上市)のバグジャンプでハーフパイプの基礎動作のイメージをつけられたことには大きな価値がありました。また、日常的にスケートパークで練習することで、スケートの細かい動きをスノーボードに上手くリンクさせることができました。そのおかげで細かいスタイルを表現できるようになったと思います。

Photo: Kosuke Shinozaki

2)海外に出て感じたこと
アメリカのリゾートはとにかくでかいですね。でも、自分はアメリカの大きなリゾートも日本のリゾートもどちらも好きです。(北京)五輪後に憧れていた外国人ライダーと一緒に滑れる機会があって緊張しましたが、今は仲間として一緒に滑れているのが不思議な感覚です。

3)子供たちへのアドバイス
周りの環境と、ストイックに練習する兄ちゃん(英樹、歩夢)から刺激を受けたことが影響してここまで来れたと思っています。世界を目指す子供たちも、とにかく楽しくスノーボードをすることと、長く継続することが大切だと思います。疲れを忘れるほど一日中楽しく滑る、それをできるだけ早くから始めて、長く続けていって欲しいと思います。


最後に。

現在日本のスノーボード環境では子供の頃から競技を絞り、本格的に練習に打ち込む姿が多く見られるが、年齢が低いうちから海外に出て経験を積める子供が増えているわけではない。親御さんのサポートなしでは海外に出ることはできないし、1回の遠征費は100〜200万円が現実的な数字。現在の物価や為替の状況を考えるとサポートをし続けるのもかなり厳しいと思う。

それでもはやり海外にいくからこそ受けられる刺激はあって、その刺激を受けた子供たちの表情を見たり感動話を聞くと、世界を見ることは日本の若いスノーボーダーたちに日本にいるだけでは得られない大事な何かを教えてくれていると思える。

違う環境や世界の広さを知ることで、今いる場所の価値を改めて感じることがある。インタビューした4人のように小・中学生の頃から海外のスノーボード環境で感じてきた感覚は、その後の彼らのアスリート人生に少なからず影響を与えただろう。だから、若い世代の子供たちが小さい頃から世界を見られるチャンスが増えることを切に願う。

4人のトップライダーから子供たちへのメッセージには、共通している言葉があった。
『楽しむ』という言葉がとても純粋で何よりも強いキーワードだと感じた。
それを子供たち自身、そして親の私たちも念頭におくことで、これから子供たちが切り開いていく日本のスノーボーダーの未来が少し変わってくるのかもしれない。


『We Are The Future.』~日本とアメリカをつなぐ子供たち~連載企画

第1章 From Japan. 日本の選手が強くなったワケと子供たちの練習環境
第2章 From Mammoth. マンモススノーボードチームの実態
第3章 From Japan. 日本の雪山、ニセコ
第4章 From Japan. 日本のパーク環境、白馬47
第5章 From Mammoth. 世界トップレベルのパーク、マンモスマウンテン