HIMALAYAN SNOWBOARDING REGION Vol.2

day9 ハッシーは1人、下山する決断をした。それは一足早く旅の終わりを意味していた。

災害級の降雪による強制下山。爆弾低気圧による無念の下山。2回のアタックを経て、念願の滑走にありつけた3回目となるヒマラヤ・スノーボーディング・トリップ。この旅でスノーボーダー橋本貴興が遭遇したのは、数多くの登山家を苦しめてきた高所障害だった。どうしてもラインを残したいという想いと思うように動かない体。その狭間で何を思ったのか。彼自身が現地で綴った手記で、その時の様子をお伝えする。
Text: 橋本 “Hassy” 貴興
Photo: Tsukasa Uozumi

ようやく向き合えたヒマラヤの斜面

<3/10 Day1>
MBC(マチャプチャレ・ベースキャンプ。3,700m)にて4時半起床。待ちに待ったヒマラヤでの初スノーボーディング。快晴&新雪20~30cmのヒマラヤン・パウダーなベストコンディションでレギュラーバンクを当て込みセッション。意気込み過ぎてオーバースピードになり、上手く地形に合わせられず…。撮影後、最終目的地であるABC(アンナプルナ・ベースキャンプ。4,130m)までの道のりでヘロヘロに。

<3/11 Day2>
ABC初日。6年前、大雪崩でヘリコプターによる強制下山をする前になんとか意地で1ラインを残したフィールドに、やっと腰を据えて向き合える時がきた。司は「今日は軽くいこう」と言ったが、いつストームで停滞になるかもしれないと不安だった僕は、みんなが1本のところを2本登り、ガスに巻かれて視界10mのなか滑り降りた。高所の怖さを知っているから司が言った「軽く」の意味を理解した。僕のメモには「夜息苦しい、4,000m流石」と走り書きが。

<3/12 Day3>
快晴Big Day。今日は未だ滑ったことのない新たな斜面へ。ABCより下ってから尾根線に取り付き登り始める。アイゼンとポールを装着し、念の為ピッケルを装備。先頭をローテーションしながら歩を進めていくが、日射の影響で雪面は緩み、スティープなフェイスに4,000mの壁が聳え立つ。困難な道のりだったが雪質、天候共にタイムアップギリギリ間に合い、それぞれのラインをイメージ通りに滑ることが出来た。ABCまでの登り返しはまたもやキツくてヘロヘロ。到着後バタバタとテントを2つ設営し、本日のライドを振り返りながらラムのお湯割りで乾杯。楽しく幸せな時間を過ごして、ライダー3人は星空を見上げながらテント泊。

day4 写真だと分かりづらいがランディングの後のタイトな岩並び。完璧な抜けと完璧なランディングで岩場を抜け、ハッシーはそのままスムーズに滑り降りていった。F360

<3/13 Day4>
前夜の楽しい宴で少々二日酔い気味の5時起床。2、3日降雪が無く雪も固くなってきてるので、初日に滑った斜面の先へ、新たなフィールド探しに向かうことにした。昨日の疲れからかオショウ(江 昌秋)の足取りが重く遅れている。僕も初日より明らかに息切れが激しい。雪は見た目はそこそこ良いのだが、実際は日が当たってる面はかなりのサンクラストが進んでいて厄介な雪質だった。午後から降雪予報があったので早めに下山。体調が優れないオショウと、バッテリーチャージが必要な司の2人はMBCへ降りていった。僕と圭はABCに残りゆったりと寛いだ。

day5 顔が浮腫んで咳が止まらなくなってきた。昨日も咳で寝れなかったとの事。

顕著になっていく体の不調

<3/14 Day5>
ABC滞在4日目。撮影は無しでレスト予定だったが新雪入荷と眩い太陽に誘われて、氷河エリアの先の未開の地へ圭と歩き出した。昨日に増して体が重くて足が前に出ない。圭と同じペースで歩けず、途中の休憩地に遅れて合流した。お昼を過ぎるとお決まりの厚い雲が次々にやって来て、ドロップポイントに到着する頃にはガスに巻かれて真っ白の世界。風があったので抜けるのを予想して、いつでもドロップインができる状態で防寒をしながら待機。30分ほどしてガスの切れ間にボトムまで薄っすら見えたタイミングでドロップイン。ラインを間違えないように慎重にパーティーランで滑り降りた。数分間のロングラン。後半は滑りながら咳が酷くなり呼吸困難気味、滑り終わったと同時に跪く。咳でこぼれた唾液が雪面を赤く染めていた。

<3/15 Day6>
眠れなかった。横になって眠ろうとすると気管が狭まり咳が出て息苦しい。壁にもたれると少しは眠れるのだが、肩周りが寝袋にすっぽり入れず再び横になる。隣で眠っている仲間を起こさないように意識すると余計に咳は止まらず、発汗もしてグッタリだ。これを何度も繰り返す。本当に長くて辛い夜だった。起床後、みんなからの助言もあり、僕はMBCまで降りる決心をした。不本意ではあったが、一度降りたオショウや司の体調が回復しているのを見ていたし、この方法しか選択肢がなかった。撮影に向かうみんなを見送り、MBC方面に斜めによたよたとハイクアップしてトラバース気味に滑っていく。魅力的な沢地形のシュートを滑り降りながら、滑れるのに登れない自分が悔しかった。3,700mまで降りると少し酸素が濃いように感じられたが、あまり食欲がない。山々の景色は相変わらず素晴らしかった。

<3/16 Day7>
MBC。1人部屋でゆっくりと休んで目覚めも良かったのだが、鏡に映った自分の顔は見たこともないくらいパンパンに浮腫んでいた。回復どころか酷くなっている。その顔を見て、このまま下山するしかないと思った。遅めの朝食を済ませ、憂鬱な気持ちで再び横になった。

滑るのを半ば諦めていたが、日中になると咳が徐々におさまり楽になってきた。明日が滑れるラストチャンスだったので再びABCまで上がることにした。ポーター(荷物を運んでくれる人)にスノーボードと身の回りの荷物を預けて空身でトボトボと歩く。通常2時くらいだが、この日は3時間くらいかけABC付近まで辿り着く。立ち込めるガスの先にベースキャンプが見えてはいるが、足取りは重く一向に近づかない。力を振り絞り最後の階段を登ると温かい視線を感じた。雪の降る中、みんなが笑顔で出迎えてくれていたのである。『ハッシーおかえりー頑張ったねと』。

息苦しさにリュックとビーニーを取り咳き込む。咳と共に出た血が雪面を赤く染めた。もう体調は限界にきている。ハッシー自撮りの1枚。

<3/17 Day8>
昨晩の打ち合わせで、この日は僕をメインに撮影することになった。気合いを入れて、前々から気になっていた尾根ラインに向かう。前日からの降雪で中々の深雪コンディション。圭とオショウが前を歩いてラッセルしてくれていたのだが、10mも歩くと息切れで苦しくて、本当にビックリするほど歩けなかった。目的地まで登れないと早々に感じ、無線で司に状況を話し、2人にも『ゴメン俺全然無理やわ。気にせず好きなラインで撮影して』と伝えた。
自分がイメージしていたラインの半分も登れず、撮り手も困るような中途半端な位置からのドロップインのラストランだった。ボトムで合流したポーターに荷物を預け、ABCのベースキャンプの山小屋まではポールとドリンクだけの軽装で登り返したのだが、それでもかなり辛くて、ブーツを緩めるという口実で座り込んだまま眠ってしまった。その時初めて、アルピニストが動けなくなる感覚がわかった気がした。もし荷物を背負っていたら辿り着けなかったかも知れない。体調が回復しなかったため、翌日の撮影最終日はみんなより一足早く下山することになった。

スノーボード8日目。その後ハッシーの体調は悪化していくばかりだった。ポーターにギアを背負ってもらい歩くもペース上がらず。後から歩きながら寝ていたと聞いた。

<3/18 Day9>
日本人&ネパール人14名全員で記念撮影を終え、いつもの朝のブーツフィッティングタイム。下山する僕と山に向かう面々では眺めている方向が明らかに違った。気持ちは前向きなのに前進出来ない、先に降りるという現実が口惜しい。だが、滑れるエリアで登山道を歩いて降りるというチョイスはなく、ヘロヘロハイクではあったが壮大な景色を眺め、ヒマラヤンスノーを味わいラスト スノーボーディングを楽しんだ。
MBCでポーターと合流して荷物を受け取り、スノーブーツからトレッキングシューズに履き替えた瞬間、僕のヒマラヤトリップ2023は幕を閉じた。本日の宿泊地のヒマラヤホテル(2,873m)はまだまだ遠く、軽やかに降りるポーターのサントスに続いた。ふっと見上げると、変わらぬマチャプチャレが天空を鋭く突いていた。

First Descentとヒマラヤへの憧れを追い求めて

「2017、2019に続き3回目のネパール・ヒマラヤトリップ2023。エベレストをはじめ8,000m級の山々が存在し、東西2,400kmに渡り連なるヒマラヤ山脈。まさに世界の屋根という印象だが、緯度は南国沖縄とほぼ同じで標高の低い所で雪は降らず3,000m以上の積雪エリアがフィールドとなる。飛行機、バス、ジープを乗り継ぎ、歩き出して目的地に到着したのは出国後10日目。やっと辿り着いたABCは、サンスクリット語で「豊穣の女神」という意味を持ち、世界10番目の高さを誇るアンナプルナⅠ峰(8,091m)、神聖な山としてネパール政府から登山が禁止されている人類未到のマチャプチャレ(6,993m)、僕たちがアッセント&デッセントさせてもらったヒウンチュリ(6,441m)等々、素晴らしい山々に囲まれている。そんな別天地が、この数年でヘリスキーエリアに大きく様変わりしていたことと、今迄に無いほどの高山病で歩けなくなったことが今回1番衝撃的だった。誰も滑ったことのない憧れの場所にラインを残したいという気持ち、まだ見ぬ新たな空間や景色に身を置きたいという想い、留まることの無い滑走欲と純粋な探究心は、これからも新たな出逢いと旅に導いてくれると信じて、経験と学び、仲間と大自然に心から感謝している」ー 橋本 “Hassy” 貴興

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