上田ユキエと水上真里、プロスノーボーダーの女ふたり旅。大好評の本連載企画は、彼女たちが日本のしっぽり渋い雪山を探し求め、食や温泉を重視した大人の旅である。
今年、彼女たちが選んだ旅先は、近年密かに注目を集めている東北エリア。福島県の箕輪スキー場、鷲倉温泉と旅を続け、311の東日本大震災で大きな被害を受けたエリアの今を知るために、宮城県・松島にも訪れた。日本人のスノーボーダーとして、東北トリップで訪れる意味のある場所を巡り続けているふたり。そしてこの旅もいよいよクライマックスを迎える。最終目的地に選んだ場所は、岩手県の夏油スキー場だった。
Text: Yukie Ueda
Special Thanks: K2 SNOWBOARDING、Gnu snowboarding、夏油高原スキー場

夏油のナイターを滑りたかった
福島、宮城と北上し、岩手に辿り着いた。夏油と書いて「げとう」。スノーボーダーの間で何度も耳にしたことのある地名だけれど、真里も私も行ったことのない場所だった。
夏油高原スキー場は週末だけナイターが行われるらしい。そのナイターがとてもいいと聞いていた。私たちはナイターの行われている週末に合わせて夏油へ向かうことにした。
到着した途端、私たちは人々の温かい雰囲気に包まれた。「昔から見ています!」と気軽に声をかけてくれるお客さんもいれば、「ここでゆっくり休んでおいで」とチェックインには程遠い時間に到着した私たちを宿泊施設のフロントのおじさんが案内してくれたりした。その言葉なのか訛りのある口調なのか雰囲気なのか、わからないけれど「東北」っぽい温かさを感じるのだった。
おもてなしはそれだけではなかった。私たちを待ち構えてくれていたスタッフの皆さん。夏油の社長さんや支配人、ローカルのカメラマンの阿部さんなど勢ぞろいして下さっていて、島根ナンバーでやってきた女スノーボーダーふたりを歓迎してくれているようだった。それもこれも全て、岩手出身のプロスキーヤー隊長こと近藤 信(こんどうまこと)さんを頼りにさせてもらったおかげでもある。

私と隊長は、90年代後半頃に当時流行っていたワンメイクコンテストなどで一緒にデモとして飛んでいた。隊長はフリースタイルスキーヤーで今でも飛び続けている雪山の師匠であり、そこにはスキーもスノーボードも垣根はない。今シーズンは東北へ旅しようかと考えていた頃に再会した隊長から「だったら夏油がいいよ」と、教えてもらったのだった。


日中は天候がさほど良くなかったし昨夜は雪も降っていなかったから、正直パウダーは期待をしていなかった私たち。ゲレンデまで運転しながら「今日はナイターまで軽く下見してのんびりだね~」なんて気を抜いていたが、1時間後には夏油を侮っていたと思い知らされることになる。
強力なローカル達に付いていったその1本目から、私たちは夏油の魅力を魅せつけられた。リフトからトラバースして木の中へ入る。夏油では立入り禁止エリアはしっかりと区分けされているが、ツリーランや尾根や谷を滑ることのできる場所が多く解放されている。日本のゲレンデとしてはこんなにオープンに滑れるエリアが多いのは珍しいなと感じた。


何しろここの社長さん自体がこの山を熟知し、ガイドも出来て開拓している一人なのである。実は元モーグル選手でもあり、滑りも相当上手い。そんな社長さんにガイドしてもらったコースは、私たちの予想をはるかに上回るパウダーツリーランが待ち構えていた。
その雪の軽いことと言ったらもう…。ノートラックはもちろんのこと、おそらく昨日ついたであろうラインもさほど気にならないほど雪が軽い。その「昨日」というのは週末の土曜日であった。なぜ解放されているエリアにこんなにノートラックといい雪が残っているんだろう?私たちは狐につままれたような気分でヒューヒュー言いながら滑った。


あまりにも雪がいいとついつい滑りすぎてしまうのが私たちの良いのか悪いのかわからない習性である。夏油は私たちのそんな習性を引き出す餌が撒かれていた上に、ローカルの皆さんのガイドが素晴らしく次々といい場所に連れて行ってくれるのだ。そろそろ帰宅しようと思っているのに普段滅多に飲めない貴重なお酒が出てきて、「もう飲みません」と言えない状態。午前中で終わりにするつもりがお昼休憩の後も滑ってしまったが、今宵のナイター撮影のためにまだ滑りたい気持ちをぐっとこらえて私たちは早めに休憩することにした。
暗くなってきたらまたすぐに出動するため、ゲレンデ目の前にある温泉施設の広いスペースでくつろぐことにしたのだが、このスペースがまたたまらなく心地よい。ブーツやジャケットを脱いで乾かしながら座椅子に横たわる。さっきまでイキイキと滑っていた少女の姿から一気に老婆に変身して冬眠したかのようにぐったりと眠り込む私たち(苦笑)。また少女に戻るためには充電が不可欠である。

1~2時間ほどで急速充電した私たちの元へ、昨シーズンこの女ふたり旅に合流してくれたカメラマン中西氏が到着した。今回もまた私たちの元へ合流してくれたのである。私たちのことが大好きなんだろうな(笑)。
仮眠で充電したばかりの私たちは、寝起きのあくびをしながら中西氏にこれまでの旅のストーリーを話しているうちに興奮してきてやっと目が覚めた。中西氏にしたらたまったもんじゃないと思うが、私たちが素の姿を出せるカメラマンは必要である。「なるべく少女の姿」に近い瞬間を写真に収めてもらわなくてはならないのだから。
少女に戻らせてくれるメルヘンチックなナイター
日が暮れてきた。雪の降り始めた幻想的なナイターゲレンデへいざ出陣だ。夜空から落ちてくる雪の結晶を見上げる。ナイターの照明は降ってくる雪も雪面も信じられないほどハッキリと照らしてくれる。夜になり気温が下がり、湿度が抜けた雪は驚くほど軽くなっていた。まるで昼間滑っていたゲレンデとは別世界に飛んできたようだった。そして私たちを少女に戻らせてくれるのに充分なほど、メルヘンチックだった。


既に踏み固められたゲレンデ内も、踏み込むと充分に軽い雪が舞い上がった。光の届く木の中も滑ることが出来た。そして降り積もる雪でみるみるうちにリセットされるゲレンデ。


充電された私たちは、夕食の時間を過ぎても滑ることをやめられなかった。あらかじめ、宿の食堂には私たちの分だけ食べるものを残しておいてもらうよう手配していた。温かいご飯は本当にありがたいが、思う存分滑った後の冷えたご飯も美味しいってことを知っている。結局ゴンドラが止まるまで、私たちは滑ることをやめなかった。






ワクワクする寝床
夏油のゲレンデ前の施設は、スキーヤーズベッドという二段ベッドの大部屋がひとつ。男女関係なくここで眠る。まるで修学旅行のようだ。1階には温泉大浴場がある。スキーヤー、スノーボーダーにとって最高の施設だ。



クタクタになった体を地下1700メートルから汲み上げているという天然温泉の湯で芯から温めほぐした。滑った後の温泉は最高のご褒美である。
湯上りに私たちは美味しい岩手のお酒で今日の山を語り合った。湯上りに化粧をするかどうかはその都度女性たちの間で打ち合わせが行われるが、今回はスッピンでいくことで一致した。確か昨シーズン北海道名寄の鈴木 伯くんに会う際はしっかり化粧したことを記憶しているが…。そこは中西氏と隊長への親しみ、年齢による大きな器への安心感、ということにしておこう(笑)。

見回りの先生のように、食堂とフロントを閉めたスタッフのおじさんたちがロウソクを持ってやってきた。10時になれば消灯で真っ暗になるのでロウソクを使いなさいと。ロウソクの小さな火を囲み、2階には眠っている人たちがいるから声を潜めてヒソヒソと話す。それがまたたまらなくワクワクしてむしろ話が弾んでしまうのだった。
ガラス張りの吹き抜けの食堂からは、雪山が目の前に見える。明日のために早く眠ろう。私たちはスキーヤーズベッドのそれぞれの陣地に潜り込み、カーテンを閉め、どこかから響くおじさんのイビキが子守唄に聞こえるほど、ぐったりと眠り込んだのだった。
東北・女ふたり旅 〜岩手・夏油到着編〜 MOVIE
東北・女ふたり旅 〜噂の夏油ナイター編〜 MOVIE
夏油のナイターをたっぷり堪能したふたりは、翌日も夏油で過ごすことになる。旅もいよいよ本当のクライマックス!はたして、最終日はどんなセッションになったのか?
続く。
1週間後に、最終回の「〜岩手・夏油ピーカン編〜」をUPします。 お楽しみに!
「上田ユキエと水上真里の東北・女ふたり旅」過去の記事
Vol.1の福島・箕輪編はこちら
Vol.2の福島・鷲倉温泉・モービル&スノーボード編はこちら
Vol.3の宮城・松島編はこちら
★PROFILE
上田ユキエ(左)
1973年1月22日生まれ。カナダウィスラーでスノーボードを始め23年、ハーフパイプやビッグエアーなどの競技を経てバックカントリーの魅力にはまる。現在はアメリカに移住し5歳の息子を育てながら自らのプロ活動を続ける傍ら、キッズと母親のプロジェクト(LILKIDS&MAMA)や日本の若手をアメリカで経験させるキャンプ(CALI LIFE CAMP)などを運営している。
SPONSOR: K2 SNOWBOARDING, Billabong, MORISPO SPAZIO, NEFF, RONIN, ZOOT, CORAZON SHIBUYA, LALALATV
水上真里(右)
1976年7月17日生まれ。高校の交換留学生として行ったNEW ZEALANDでスノーボードと出会う。パイプ、ストリートレール、スロープスタイルを経て、現在はバックカントリーを中心にパウダースノーを求めて活動。大怪我をして歩けなかった数年間に、SHREDDING GIRLS(女の子サーファー、スケーター、スノーボーダーの為のイベント)を主催し活動の幅を広げ、最近はスノースケートにもはまっているなど、スノーボードだけに限らず様々なヨコノリの楽しさを発信ている。
SPONSOR: GNU, NORTHWAVE, DRAKE, WESTBEACH, SPY, BLACKDIAMOND, SBN FREERUN, SHREDDING GIRLS, 北海道テレビSnowSweetLife, 赤羽ファースト歯科