The Road To Mochiyori
DEATH LABELライダー・PJ Gustafssonが綴る『The Road To Mochiyori』は、単なるトリップレポートではない。スウェーデンから函館、ニセコ、そして羊蹄山へ──約28時間の移動、時差ボケと疲労、そして雪・仲間・文化との再会。そのすべてが交差する旅路の中で、日本というフィールドが持つ特別な引力が浮かび上がってくる。前編では、函館での濃密な時間と食文化の衝撃、そして羊蹄山を舞台にしたリアルなライディングの日々を、PJ自身の言葉で追体験していく。
本ストーリーは<前編><後編>でお伝えしていこう。
PART ONE|函館へ続く、長い道のり
2月1日の夜、僕は今年も“日出ずる国”への旅を始めた。
この時点で、日本を何回訪れたのかはもう分からない。18年以上にわたり、僕の人生の大きな一部を占めてきた国であり、心から愛している場所だ。
今回の旅は、例年に比べて異常なほど雪の少ないスウェーデン・セーレンの山々から始まった。
そこから車で5時間半かけて首都ストックホルムへ向かい、アーランダ空港から東京・成田へ。そしてさらに札幌・新千歳空港へとフライトを乗り継ぐ。
新千歳に到着後は、電車に乗って函館へ。
ここには、DEATH LABELのチームメイトであり、長年の親友でもある中田弥幸──ヒロ、またの名をトトロが、愛する家族とともに暮らしている。
結果的に、ストックホルムから函館までの移動時間は約28時間。
2月3日の深夜0時少し前に到着し、ようやく今回の冒険が本当の意味でスタートした。
時差ボケと疲労が限界を超えた状態だったが、函館駅で僕を迎えてくれたヒロは、相変わらずの笑顔とエネルギーに満ちていた。
車で彼の家へ向かう途中、ヒロは嬉しそうに話してくれた。
彼の友人でありサーファーでもある中江哲也が、最近ヒロの家の隣に家を購入したらしく、そこを僕ひとりで使っていいというのだ。
案内されたのは、海のすぐそばに建つ本当に美しい家。
荷物を置く間もなくベッドに倒れ込み、窓の外から響く荒々しい波の音を聞きながら、僕はそのまま深い眠りに落ちた。
PART TWO|踊るイカの刺身
翌朝、僕は早く目を覚ました。
ヒロが迎えに来てくれて、朝食と函館の街を少し案内してくれることになった。
これまでの日本滞在中、僕は外国人、それも北欧出身者からすれば「かなり奇妙」に感じられるであろう食べ物を数多く体験してきた。
しかし、この日の日本式朝食は「午前10時前に食べたものの中で、間違いなく最もクレイジーな一品」だった。
イカは日本では非常に一般的な食材だが、世界的に見ると、主にアジア、アメリカ、そしてイタリアやギリシャ、スペインなどの地中海地域で食べられている。しかし、イカを刺身で食べる文化は、日本と韓国にほぼ限られている。ヨーロッパでは、イカやタコはその見た目のグロテスクさから敬遠されがちだ。
ただし、日本食が世界的に広まるにつれ、こうした食材も徐々に受け入れられるようになってきている。
ヒロが連れて行ってくれたのは、函館駅前「駅二市場」にある「たびじ」という店。新鮮な魚介類を中心とした、伝統的な和朝食を提供するレストランだ。朝から海鮮、というのは正直なところ僕の文化圏では馴染みがない。だが、日本に来るたびに、少しずつそれを楽しめるようになってきた。
炊きたてのご飯、焼き魚、漬物、熱々の味噌汁。時差ボケの身体にとって、これ以上クリーンで、栄養価の高い朝食はないかもしれない。
料理は文句なしに美味しく、緑茶は「日本でしか味わえない、あの味」だった。
食事の終盤、僕の前に出された一皿を見て、思わず固まった。皿の上で、まるで踊っているかのように動く、頭を落とされたイカ。
僕の表情を見たヒロは大笑いする。僕も思わず、その“かわいそうな小さなイカ”に向かって笑ってしまった。
もちろん、イカは生きているわけではない。超新鮮な状態のイカに醤油をかけると、ナトリウムが残存する神経反応に作用し、筋肉が収縮することで動いて見えるのだという。
この料理は「いか踊り丼(活イカ踊り丼)」と呼ばれ、実はこの「たびじ」が発祥。店内の生け簀で獲れたイカを、その場で捌き、刺身や丼として提供する。見た目は奇妙、いや正直に言えばかなり衝撃的だが、味は本当に素晴らしい。イカが好きな人、あるいは食のエンターテインメントを求める人には、心からおすすめしたい一品だ。
「たびじ」は朝6時から営業している。函館を訪れる機会があれば、ぜひ足を運んでみてほしい。
その後は、函館市内を観光し、ヒロの友人が営むショップに立ち寄ってボードのワックスがけ。夜はヒロの家族や友人たちとともに、最高のディナーを楽しんで一日を締めくくった。
PART THREE|ニセコ、そして羊蹄山へ
函館での時間を終えたあと、僕とヒロは北へ向かった。
目的地はニセコ。途中、小さなスキーエリア「ピリカ」で、中井孝治、藤本広海とともにディープパウダーでのクルージングを楽しんだあと、ニセコでDEATH LABELの仲間たちと合流する。


ニセコでは、江昌秋、木原洸太朗、そしてフォトグラファーの渡辺淳一郎(Jun)が待っていた。到着後はすぐにゲレンデでのライディングとナイトシューティング。夜はJunの家「Green Saso(倶知安)」で休み、翌朝に備える。

翌朝はまだ暗いうちから行動開始。この日は羊蹄山でのハイクアップ&ライディングだ。

スノーシューを履き、約1時間半のハイクで目的のゾーンへ向かう。到着すると、自然の地形が無数に広がるエリアが現れる。ヒットできるナチュラルフィーチャーも多く、普段なら間違いなく楽しい場所だ。
ただ、この時点で旅は4日目。


強烈な時差ボケ、連日の長時間移動と撮影、睡眠不足が重なり、正直なところ体力はほぼ残っていなかった。さらに、長年付き合ってきた膝の関節炎も悪化し、ジャンプをする気力はほとんどない。一応、小さなエアをいくつか飛んで「何かしらはやる」ものの、感覚は噛み合わない。このコンディションでは、納得のいくライディングはできないと悟った。
一方で、木原洸太朗は絶好調。大きなエアをいくつもクリーンに決め、江とヒロは深く、力強いターンを刻んでいく。

日が落ち、撮影が難しくなるまで滑り、僕たちは下山した。
その後の数日間、僕たちは毎朝5時、あるいは6時に起床し、その日のゾーンへ向かって数時間のハイクを繰り返した。
最終日には、DEATH LABELのチームメイトであり親友の安田レオも合流。
結果的にこの日が、羊蹄山でのライディングとしては今回の旅で最高の一日となった。

長く充実した一日を終えたあと、僕とヒロは再び函館へ戻り、心からご褒美と言える寿司と温泉の時間を楽しんだ。
PJ Gustafsson(ピー・ジェイ・グスタフソン)
スウェーデン出身のスノーボーダーであり、DEATH LABELのコアライダー。パーク、バックカントリー、ストリートまでフィールドを限定せず、スピード感のあるアプローチと自然地形を活かしたライン取りを武器に、世界各地で独自のスタイルを築いてきた。
長年にわたり日本を定期的に訪れ、日本の雪質、山、そしてカルチャーに深い敬意と愛情を持つライダーのひとり。映像作品やフォトシューティングにおいても存在感は大きく、そのライディングは派手さだけでなく、雪山と真摯に向き合うリアルな感覚を映し出す。
本作『The Road To Mochiyori』では、ライダーとしてだけでなく、一人の旅人として見た日本の風景と時間を、自身の言葉で綴っている。
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