卒業旅行で行く特別な家族時間 in Hoshino Resorts TOMAMU

星野リゾート トマムの全景。広大なゲレンデはもちろん、4棟の高層タワーホテル、真冬でも常夏気分が味わえる波の出る巨大プール・ミナミナビーチなど数多くの施設がある。

1990年から2000年代にかけて、日本は空前のスノーボードブームだった。派手でかっこいいこの新しいスポーツは、当時の若者の多くを虜にした。月日とともに当時の若者達は結婚して親となり、家族でスノーボードを楽しむようになる。そしてその子供たちは、親がスノーボードを始めた年齢と同じくらいとなり、巣立ちの時を迎える。ブームから30年。世の中はそろそろそんな時期になってきているようだ。星野リゾート トマム(以下トマム)は北海道でも屈指の規模を誇るリゾート施設である。スノーボード上級者から未経験者まで、どんな人が訪れても十分滞在が楽しめるアトラクションや施設が数多く用意されている。そんなトマムを、今年高校を卒業する子供を持つ2組の超コアなスノーボードファミリーに、卒業旅行として滞在した。

霧氷テラスにあるクラウドバーで2家族揃って一枚。3mの高さの椅子に座れば空に浮かび上がったように見える。

今回滞在したのは、日本スノーボードの歴史を創ってきたと言っても過言ではない2人のスノーボーダーとその家族。ひとりは竹内正則さん。言わずと知れたレジェンドライダー。日本で最も早くプロ認定を受け、滑りはもちろん生き方そのものでスノーボードを表現してきた。日本で最初のキャット(雪上車)によるツアーオペレーションを始めたのも竹内さんである。そしてもうひとりはスタジオジャパホ代表の塚田卓弥さん。雑誌やビデオが情報の主流だった時代からインターネットでのスノーボード情報を発信し続けてきた方。もちろんそれ以外でもウインタースポーツに関わる仕事を数多く行っており、ボードカルチャーを牽引してきたスノー業界最重要パーソンの一人である。

緩やかで大きく開けたバーンで家族揃ってクルージング。この日は遠くで雲海も発生していた。

ふたりは古くから交流があり、12年前にはトマムで両家揃って家族旅行をしている。当時から、トマムはラグジュアリーなリゾート地で、コアなスノーボーダーの息抜きには最適の場所だった。子供たちとの思い出が詰まったトマムは、特別な卒業旅行の場所としてはうってつけだ。もちろん、思い出の場所というファクターも重要なのだが、人生のコアな部分をスノーボードで作られている家族にとって、卒業の場所にはスノーボードがなくてはならない。それは親が人生をかけて楽しんできたスノーボードを子供たちはどう理解してきたのか?そしてどう親から卒業していくのかを確認する作業だからだ。

道内屈指の大きさの巨大キッカーを流すハルキ。

今回高校を卒業する1人目は竹内さんの長男・悠貴(ハルキ)。フリーライドの大会で結果も残していて、バートンからサポートされているライダーなのですでに知られた存在だろう。今年から社会人となり、グリーンシーズンはオーストラリア、ウインターシーズンは日本の上質な雪山で滑り込むという生活をしばらく送る予定だ。もうひとりは塚田さんの一人娘さくら。今年の夏からオーストラリアの大学に入学する予定だ。ライダーではないもののスノーボードはかなりの腕前(足前?)。大きく巣立っていくふたり。家族揃ってのスノーボードはこの先なかなか難しくなってくるだろう。

左:12年前のふたり。当時このハーフパイプは道内屈指の規模で、後にオリンピックへ出場するライダーもここに籠もりトレーニングしていた。
右:毎年春になると完成する現在のパークも完成度が高く、道内各地からこれを目当てにライダーが集結している。

さて、トマムの広大なゲレンデはゴンドラ一本でほとんどの場所にアクセスできる造りになっている。そこからリフトでつないで細かく滑るもよし、ゴンドラで長距離を何度も滑るのもよし、様々に楽しむことができる。ハルキのような上級者は3月にオープンするパークでジャンプしたり、解放エリアでサイドカントリーを手軽に楽しむ事もできる。家族揃って緩やかな斜面をグルーミングすることもできるので、家族それぞれのレベルに合わせて一緒に楽しむことが可能だ。

12年前。お母さんと子供たち。ゴンドラピーク、現在の霧氷テラス近くにて。
現在のお母さんと子供たち。子供たちの成長は感慨深いものです。

ゴンドラのピークには有名な霧氷テラスがあり、グリーンシーズンは雲海テラスとして多くの人で賑わっている。確率は低いものの、春になればゲレンデがオープンしているときでも雲海が発生することがある。そんなときはテラスのカフェでゆっくり雲海見物も良いかもしれない。お昼時は、数多くの専門店があるリゾートセンターで本格的なランチが楽しめる。この日は同じトマムエリア内ではあるが、少し離れた場所にある『ファームデザインズ』でランチをすることに。ここの「生ハムモッツァレラのパニーノ」はファーム星野でとれたトマム牛乳で手作りされたモッツァレラチーズが使われた絶品サンドイッチだ。

『ファームデザインズ』で家族団らん。

『ファームデザインズ』の前ではスノーモービルやスノーラフティングなど、数々のアクティビティが行われている。ハルキはちょっと照れていたが妹と、さくらと3人で一緒にバナナボートを楽しんだ。

バナナボートを楽しむ子供たち。スノーボード以外でも楽しめるアクティビティがたくさん用意されている。

トマムには北海道ならではの料理が揃ったビュッフェはもちろん、スープカレー、ラーメン、ジンギスカン、居酒屋など数多くのレストランがある。そんな中でも特別な日に最適なのは、リゾナーレトマムの最上階にあるイタリアンレストラン『OTTO SETTE TOMAMU』だ。北海道の食材をふんだんに使ったコース料理に、大人はアルコールのペアリングをするのがおすすめだ。ペアリングとは、それぞれの料理に合わせたビールやワインが提供されること。まだアルコールが飲めない卒業生ふたりはソフトドリンクのペアリングを選択。実はこちらもとても美味しくて大人気だ。

卒業したとはいえまだ未成年のふたりはソフトドリンクで乾杯。

とても美味しい料理はもちろん、洗練されたスタッフはウイットにも富んでいる。ディナーは和やかに進んでいき、普段は照れくさくてなかなか話せないような話も飛び出してくる。父親と同じ世界へ足を踏み出したハルキは、偉大すぎる父親を意識しながらも自分の道を模索している。そしてそれを自分の口で語りだす。「僕は七光」だと。実はこの日の昼間、滑ってもいないのに地元のボーダーからうまそうですねと声をかけられていた。そんな、人間としての魅力をすでに持っているハルキだが、本人はそのことにまだ気づいていないのかも知れない。親は子供のことを最優先に考え行動しているが、子供にとってそれが重荷となることもある。七光とは、すなわち他よりも恵まれた位置からのスタートを意味する。その恵まれたスタートをどう利用していくかは本人の力だ。地元の山を中心に滑っていた少年がメーカーのスポンサードを受け、高校卒業とともにジュニアのカテゴリーからも親からも飛び出していく。本人はもっと大きな世界に出て、スケールの大きなところを滑りたい!と偉大な父や母、古くから見守っていた大人たちに宣言していた。

コースの前菜『宝石箱』。一口大の前菜が宝石のように並んでいて、食べるのがもったいないくらいだ。

さくらは写真や映像が好きで、卒業後はそれに関わる勉強をオーストラリアで4年かけてする。彼女は高校から親元を離れカナダに留学していた。日本で平凡に高校生活を送っているような人には到底想像出来ないような苦労や挫折も経験しただろう。そんな彼女を自由にしてくれる、開放してくれるのがスノーボードだった。そしてこのスポーツを通じて数多くの出会いがあり、それが最も楽しいことだと話す。だからこそ、スノーボードは彼女にとってとても大切なものなのだ。しっかりした考えを持った彼女はハルキと同じ歳だがお姉さんのような雰囲気で、海外への不安をもらすハルキにアドバイスを送っていた。卒業を迎え、将来に向けて目をキラキラさせているふたりを、父と母は優しい目で見守っている。そんな宴がトマムの深い森の中に建つ超高層タワーの最上階にあるレストランで織りなされていた。

12年前のさくらとハルキ。そしてすっかり大人になってカフェ『つきの』でくつろぐふたり。

翌日はトマムを象徴するアクティビティ、狩振岳キャットツアーに参加する。18年前に始まったこのツアーは、若き日の塚田さんが、同じく若手経営者として脚光を浴び始めていた星野リゾート代表・星野佳路氏に企画書を出すところから始まった。そして、その数年前からキャットツアーを新潟県・光ケ原で行っていた竹内さんがディレクションを行い、この企画はスタートした。スタートから現在まで現地でツアーを運営しているのはトマムの玉井幸一さんと宮岡ももさん。トマムのキャットツアーは国内でも珍しい、自然の雪山を使用し雪上車でライディングポイントまでアクセスする本格的なバックカントリーツアーである(国内では元々ゲレンデだったところを利用してのキャットツアーが多い)。そのため雪山の開拓や許認可の取得など、スタートまで2年かかっている。その間、竹内さんと塚田さんは本州から頻繁にトマムを訪れ、開拓に相当の尽力をした経緯がある。

3月11日に行われた狩振岳キャットツアーはAK457のイベントツアーであり、バートンスノーボード創設者ジェイク・バートンのレガシーを称える『A DAY FOR JAKE』でもあった。

狩振岳キャットツアーは18歳から参加可能で、コアスノーボーダーが卒業旅行に親子で参加するにはもってこいだ。実際に卒業旅行での参加はもちろん、何度も親子で参加する方もいる。自然の山でのライディングは、整備されたゲレンデとは違い、多くの危険が伴うが、ベテランガイドの玉井さんのオペレーションにより、常に安全で楽しいツアーが行われている。このアクティビティはトマムでも屈指の人気を誇っており、シーズン前の予約開始とともに席がすぐに埋まってしまうほどだ。

これも『A DAY FOR JAKE』での一コマ。歩いて登れば数時間かかるような場所もキャットだととても楽にアクセスできる。ここはツアーでも最も標高の高い、森林限界を超えた地点で、雪庇の下は極上のパウダーゾーンが広がっている。

キャットツアーは資金的な面はもちろん、多くの問題が日々発生するようで、18年という長期の運営は並大抵の努力ではなかったようだ。ツアー継続は各方面から強く望まれているが、18年の経過とともに玉井さんとももさんふたりだけでの運営は厳しくなってきており、若い後継者が望まれている。ここでは運営者の卒業が間近に控えているようなのだ。現在、ハルキたちより少し年長だが、同じZ世代の長田貴雄さんがキャットツアーの次世代を担うため、本格的なバックカントリーガイドの研修を始めている。ツアーのない日もゲレンデやバックカントリーで滑り込んでいる彼だが、この日はキャットの運転手という形での参加。スキーやスノーボードが心から好きでないと続けられないこの仕事にうってつけの人材が、厳しい玉井さんの指導のもと研鑽を重ねている。運営側でも先駆者たちの想いは着実に次世代に引き継がれようとしているのだ。

ツアー責任者の玉井さん(左端)とももさん(右端)にツアーの説明を受けるハルキとさくら。奥で創設者の竹内さんと塚田さんが、キャットの運転席からはキャットツアーのこれからを担う長田さんが見守っている。

卒業旅行が行われたのは3月の中旬だった。前夜より降雪があり、季節外れのパウダーを楽しむことができた。リードガイドの玉井さんが雪面の状況を確認するため滑り降りていく。玉井さんより雪面の報告とライディングOKのコールが無線で入る。うっすらと光が差し込み、カメラマンの指示で雪がたまっていそうなところへさくらが滑り込んできた。自由を手にした彼女は満面の笑みで大きく3つラインを刻む。ツリーの間から出てきたハルキは、大きく雪煙を上げ、それを突き破り飛び出してきた。暗闇を切り開くように。

3月中旬だったが前日からの積雪でパウダーランを楽しむことができたさくら。
リードガイド玉井さんのアテンドで、ツリーの中に残っていたパウダーを巻き上るハルキ。

父親ふたりは、子供たちの滑りを見守ったあと、自分たちのスタイルで、自分たちが開発した雪山を噛みしめるように滑り降りてきた。小さな頃からハルキとさくらを知るテールガイドのももさんは、いつのまにか自分の身長を追い抜いてしまったふたりの滑りを温かい目で見守りながら最後のラインを描いて降りてきた。

裏方でスノーボード業界を盛り上げてきた塚田さんだが、滑りの技術も超一級。カメラマンの指示に的確に応えてくれた。
創成期から日本のスノーボードを第一線で牽引してきた竹内さんのスタイルにブレはない。

午前中のライディング後はランチ。永続的な建物が建築できない山の中なので、シーズンが終われば撤収できる、遊牧民族のテント『パオ』がランチ会場として用意されている。料理が美味しいのはもちろんだが、暖炉がある内部は広くて暖かく、ホット一息つける。午後は午前中とは別の山へキャットで移動し数本ライディング。狩振岳エリアからトマムへもどり、ゲレンデで滑っていた他の家族と合流して今回の旅は終了した。

『パオ』は12人の参加者がランチを楽しめるくらいの広さだ。一度入ると外に出るのが億劫になるくらい心地よい。

家族での卒業旅行は子育ての集大成のような部分がある。スノーボードが人生の大きな部分を占めてきた家族はもちろん、趣味としてずっと楽しみ続けてきた家族だとしても、ぜひスノーボードが楽しめる卒業旅行を選択してほしい。はじめて家族でスノーボードをした日のこと。そして年々上達していく子供たちと、数多くの思い出を作りながら、親はスノーボードへの向き合い方を伝えてきた。様々なスノーボードへの想いを子供たちに紡いでいく。卒業旅行はその最後のチャンスかも知れないからだ。トマムは数多くのアミューズメントが詰まった楽しいリゾートだ。今まで来たことがない人や、家族の中にそんなにスノーボードに熱くない人がいても楽しむことができる許容力がある。でもその中心には、スノーボードがどっかりと鎮座いている。だからこそトマムはスノーボードファミリーの卒業旅行にふさわしい場所なのである。今回の滞在はそれが実感できる素晴らしい卒業旅行だった。

キャットツアー途中、十勝平野を望む。天気のいい日の山頂では大雪山系も見ることができる。

 

Text & Photo:Harada