斜面を滑り降りる飼い主を追いかけて、犬が雪山を駆け降りている姿を見たことはないだろうか。愛犬と一緒にスノーボードを楽しむ。非常に魅力的に思えるが、実現するには準備や心構えが必要だ。ここ数年愛犬とともにBC撮影にも出かけているプロスノーボーダー水上真里。彼女がどんな準備をして、どんな旅をしたのか。本人の言葉で綴る、愛犬とのバックカントリーへの旅。
Photo: MZK
Text: 水上真里
どうやら雪が好きらしい愛犬。まずは里山へ
私は毎年、雪のいい場所を求めて富良野やニセコ付近の⼭を登っては滑っているのだが、数年前からこの旅に新メンバーが加わった。愛⽝のヌーピーだ。⼤型の犬種だが病気で未熟児だったこともあり⾝体は少し⼩柄。けれど、⾜が速くボール遊びが得意で、運動神経には⾃信があるようだ。
そんなヌーピーが初めて旭川で新雪を体験したとき、今まで⾒たことがないほど身体中から喜びを溢れさせて⾛り回っていた。全速⼒で⾛ったあと、そのままフカフカのパウダーに⾶び込み、まるでスノーボーダーと同じように雪に当て込み、パウダーが舞い上がるのを楽しんでいた。
こんなに雪が好きなのは、冬に雪の降る場所に⾏く私にとっては好都合。一緒にスノートリップを楽しめるからだ。ただ、バックカントリーは何時間も⼭を登るし、危険も伴う。雪⼭の中で1⽇を過ごすことになる。ついて来れるかどうか。
『とにかく試してみよう!』
それを見極めるために、まずは⾥⼭からヌーピーの雪⼭トレーニングを始めた。
顔にも⾝体にも雪がくっつく⽑質だったので、ゴーグル、ブーツ、ウエアを着せ、バックパックにビーコンをつけて、完全装備で雪⼭に登ることに。リードもしっかりとした丈夫なものが必要だと判断。幸い、普段から愛⽤しているLeeds Dog Supplyのリードはとても丈夫で、カラーも⽬⽴ちやすくて雪⼭にはピッタリだった。
⽔や⾏動⾷、替えのゴーグルやビーコンなども自分で持たせることにして、それらを詰めたバックパックを背負わせた。⽝を連れていくことで⾃分たちの負担が増えてしまうのでは本末転倒。自分のことは自分でやってもらおう。
心を鬼にして厳しく訓練をする必要も
雪⼭では⽢えは⼀切通⽤しない。それを学ばせるための訓練からスタートする。斜度がきつくて登れなくてスタックしていてもすぐには助けに行かず、⾃⼒で登るコツを学習させた。
雪庇が⾃分の体重で崩れてしまうことを体験させるために、⼼を⻤にして⼩さな30センチほどの雪庇の端を歩かせたりもした。雪庇が崩れ落ちる経験をした彼はそれ以降、雪庇付近を歩かなくなった。雪⼭の危険に備えて沢⼭のBC⽤語も教えた。「ライン⼊って!」といえば、ノートラックの場所から近くのラインがある場所に戻るようにもなった。
里山訓練のために6時間ぐらい滞在したが、怯むことなく始終尻尾を振り続けて楽しそうにしていた。
この姿を見てヌーピーをBCメンバーとして連れていくことを決めた。これまで⼀緒に登った⼭は⼗勝岳、富良野岳、霧たち峠、⽉⼭、⾕川岳、イワオヌプリ、ニトヌプリ、⽺蹄⼭etc…。
それぞれの山でいろんなエピソードがあるが、今回はイワオヌプリの話をしたいと思う。この日、前から狙っていたイワオヌプリのシュートを滑るため、朝イチから登り始めた。
思わぬ活躍をしてくれたヌーピー
イワオヌプリはヌーピーも何度も登っていたのでルートも覚えていたようで、先頭を歩いたりしながら少し得意げ。実は天候や雪質が整った最⾼の瞬間を狙うため、数⽇前から毎⽇登っていたのだ。
この⽇はTHE DAY。
安全を確保しようとする本能が働いたのか、彼が⼀番後ろを歩くことはなく、⼤体2番⽬あたりにいることが多かった。時折うしろを振り返ったり、⼀番うしろを歩くテールの⼈と先頭を歩くリードの⼈のあいだを⾏き来しながら、様⼦を⾒て⼤丈夫そうだと判断すると安⼼してまた登る。何度も往復するその姿は、仲間として癒しを与えてくれる存在だった。
順調に登ってはいたが、斜度がきつく雪が崩れる可能性もある斜面。ふと見ると、我々の上を横切ろうとする仲間の姿があった。無線を使って知らせようとしたが、上にいる仲間の分の無線も持ったまま歩いていたのに気がついた。叫んでも声が⼀切届かない。
『どうしよう…』
すると、先を登っていたヌーピーが私の声を聞きつけて、降りてきて駆け寄ってきたのだ。
私はすぐさま、ヌーピーのバックパックの中に電源を⼊れた無線を⼊れ「GO! GO!」と叫んだ。これもヌーピーに教えていたBC⽤語のひとつ。「GO! GO!」は「ラインを辿ってもう⼀⼈のメンバーのところに⾏け」という意味だ。
『上⼿くいくかな…』
そう思ったのも束の間、ヌーピーは無線を背負ったまま斜面を駆け上がり、あっという間に上にいる仲間に無線を届けてくれた。仲間も気がつきバッグから無線を取り出した。こうして無事に無線で連絡を取り合うことができ、岩場で合流して、歩くルートを少し変更できたのもヌーピーがいてくれたから。
⽿もよく、⾜も速く、体⼒が⼈間の何倍もある。そして、ミスもリカバリーしてくれるヌーピーは、バックカントリーに⾏くのにとても⼼強いメンバーとして、クルーの⼀員として育ってくれていた。
ピットチェックをおこない雪の安全を確認して、私は狙っていたシュートを滑り始めるために対⾯へと移動した。
ラインが⼀切ついていない斜面は、どんな雪質なのかが滑ってみないとわからない。特にこの斜⾯は⾵も結構あたる。うまくいけば雪が溜まっている極上の斜⾯を滑り降りれるかもしれない。不安と期待が⼊り混じるなか、ドロップ。
狙っていた斜⾯を当て込んだ。スピードも出て雪も舞い、気分爽快のターンだった。
⾒守るヌーピー隊員。私が滑り降りると追いかけるようにヌーピーが全速⼒で駆け降りてきた。ボトムからもう一度ハイクするときも、また⼀緒に登ってくれる。なんて頼もしい仲間。私の⾜取りが遅くなると、その気配を感じたのか先頭を歩くヌーピー。
2回目のハイクで、今回⼀番狙っていた斜⾯まで上がる。前に滑ったときは雪が硬すぎてパウダーが上がらず、滑落しかけながら降りたのだが、今回のこの雪なら気持ち良くスプレーが上がりそうだ。
無事にヌーピーと⼀緒にイワオヌプリの⼭頂に到着。そしてここからはヌーピーはカメラマンたちと対⾯へ移動して、私だけが岩場のシュートを滑り降りる。誰のトラックもない斜⾯。少し急でドキドキするけど、その⽅がターンが気持ちいい。
滑り降りるのは⼀瞬だった。
天気も雪も良く、メンバーも最⾼だった。いい写真や映像も撮れて、シーズンいち充実した⽇となった。⼀緒に登ってくれたメンバーにも感謝の気持ちが溢れた。
犬と山を登るために大切なこと
⽝とバックカントリーに行くのは楽しいけれど、もちろん⼤変なこともある。だから、これから⽝と⼀緒に⼭に登りたいと考えている⽅に伝えたいことがある。それは「飼い主が⽝と⼀緒に登りたいか」ではなく「⽝が飼い主と雪⼭に登りたいかどうか」。犬の気持ちを見極めることが大事だということ。
以前、⽳がいくつも空いている斜⾯で撮影したときにヌーピーが⽳に落ちたことがあった。私も⽳に降りて助けたが持ち上げるのも⼤変だった。次の⽇も同じ場所に⾏ったが、斜⾯が見える場所に停めた車にヌーピーを残し、一緒に連れては⾏かなかった。
ヌーピーは登っていく私たちを⾞の中から⾒ながら、珍しく「ギャンギャン!」と鳴き叫んでいた。4時間後に⾞に戻ったとき、てっきり尻尾振って喜ぶと思っていたのだが、彼は背を向けて横⽬でチラッとこちらを見るだけ…。正⾯から顔を⾒にいっても、反対側に顔を背けてしまう…。
「うわぁ、⼈間みたい(笑)」。置いて行かれたことにすっかり拗ねてしまったようだ。この出来事で彼が⼼から雪⼭が⼤好きだとわかったので、今はよほど危険な場所でない限りできるだけ連れていくようにしている。
そして、もし愛犬が雪山を一緒に登ることが好きそうだったら、まずは近場の⾥⼭でいろんな雪の形状を歩かせて専⾨⽤語を覚えさせるのがいい。そして雪⼭では⾮常事態以外⼀切助けないようにする。うまく登れず30分以上待たされるときもあるが、助けてもらえなければ、本⼈が「どうすればこの状況を抜けられるか」を自分で学んでいく。たとえ迎えに来てもらえらなくて寂しい思いをしても雪山に登るには必要な工程で、そういう体験が本人の自信にもつながっているようだ。
もうすぐ冬が始まる。今シーズンもヌーピーの⾯⽩エピソードが増えていくのが楽しみでならない。
水上真里
1976年7月17日生まれ。プロスノーボーダー歴23年。
葛飾区で一軒家を丸ごとDIYした家で青戸ヨガスタジオを営むヨガ講師。冬は愛犬ヌーピー隊員と北海道ベースでバックカントリーを中心に滑っている。
Sponsors: GNUsnowboards, Norrona, spy, Hestra, SBN, HiKOKI, 青戸ヨガスタジオ
https://instagram.com/yogasnowboader
登山犬ヌーピー隊員
Sponsors: leedsdodsupply
https://instagram.com/noopy_doggy