Go My Way. – 中井孝治インタビュー <前編> -「自分がたどり着いたスノーボーディングはピュアに楽しむこと」

自分が想い描く理想のスノーボーディングを実現するために「SALOMON HILLSIDE PROJECT」によって誕生したオリジナルスノーボード。そのモノ作りという経験を活かし、今シーズンは自身がプロデュースするムービー「PURE JAM」をリリース。全ては繋がり、そこには一番大切にしているピュアにスノーボーディングを楽しみたいという想いが込められている。いつも自然体で、誰からも愛される人間力を持つ、中井孝治にフォーカスを当てた。
Photo:Tsutomu Nakata

*こちらの記事は、「STAY HOME」スペシャルコンテンツとして、FREERUN本誌 2019年11月号(10月27発売)掲載インタビュー記事を特別公開しています。

H I L L S I D E P R O J E C T

「今は自分が滑りたい場所をイメージした板作りをして、その板に自分を合わせていく。そこが全く変わった」

-まず初めに、ここ数年開発に携わっている「SALOMON HILLSIDEPROJECT」について話を聞かせて。理想とするスノーボーディングを追求するためのボード作りを始めた理由を教えてもらえるかな?
今まで自分が使いたいスノーボードって、惜しいなっていうものしか無くて。しかもフリースタイルやフリーライディングとかシーンのカテゴリーが分かれているから、板にも同じことが言えて。過去にいくつかシグネチャーボードを作らせてもらったことはあったんですけど、既存のモデルから長さなど、サイズを微調整するくらいしかできなくて…、でも長さとかじゃないんだよなって。インサートホールの位置が決まっていたら、それ以上セットバックも取れないし、単純に浮力を得るために太くすればいいってことでもなくて。雪の上を気持ち良く走らせるためにはノーズからのロッカー具合も重要で、なるべく薄く上げていった方がいいんですよね。そうやって色々なボードを見て、これはもっとこうした方がいいのにって考えていくうちに、もう自分で作るしかないって思ったんです。

-オリジナルのボード作りでどんなことにこだわったの?
自分がベースにしている北海道は、緩斜面が多くてディープパウダーじゃないですか。そういうフィールドで楽しめるボードって、GENTEMSTICKなどのブランドが代表的になるんですけど、でも俺らがそれに似たようなボードを作ってしまうと、飛ぶのを諦めちゃうような形状になってしまう。だったら北海道に適したボードでフリースタイルも追求できてターンも楽しめるボードを作ろうと思ったんです。ノーズからのロッカー具合とフレックスにはかなりの時間をかけました。初年度は1サイズのフレックス違いで6本くらい作って。今年は板のトーションは殺したくないけどフレックスには少し張りを出したいと思っていたから、カーボンの入れ方を色々試しましたね。他にもテーパードを色々調整したり、キャンバーもあった方が滑りやすいのは確かなんですけど、ここぞって時の一番気持ちいい時にそのキャンバーが邪魔してるって時もあって。ニセコの沢を滑ると良く分かるんですけど、「GENTEM LINE」って俺らは言うんですけど、沢でGENTEMの板を乗った誰かが付けたラインを上がりたくても、壁の最後でボードがスッと上って行かず同じようにそのラインのピークまで上がれない。理由はキャンバーがあるせいで失速してしまうからだと思うんですよね。そのラインを同じように辿るにはキャンバーが薄くてノーズロッカーの具合も完璧で、浮力がちゃんとある長さがないとダメで。その点、GENTEMって1mmキャンバーとかフラットキャンバーとか、そういう細かな部分を早い段階で気付いてこだわって作っていたと思うから、やっぱりすごいなって。これは俺ら損してるって気付いたんです。だから自分が開発したボードも少しづつキャンバーを少なくしていったんですけど、ボードを開発していくうちにそういうことに段々気付いていって。普段あるコンディションを想定して、どれだけ最大限気持ち良く滑れるか。それをかなり意識するようになって、何回もテストを繰り返して本当に自分が滑った感覚で一番いいと思った数字で全てのアウトラインを作ってもらったんです。そして自分もプロでやってるけどメインスタンスで滑るのが実際は8割から9割。だから、絶対にメインスタンスで滑ることに特化した板にしようと思って、自分の滑りに一番適した形状が今のボードになったんです。

-ボードを開発するする中で色々と考え方が変化していったんだね。
今まではスノーボード1本で何でもやりたい。自分の滑りに合わせて板を作るって感じだったけど。今は自分が滑りたい場所をイメージした板作りをして、その板に自分をどう合わせていくかっていうことを意識するようになりましたね。そこが全く変わったかなって。スノーボードって、自分のできない部分を補うためにハイブリットな機能が随所に入ってるじゃないですか。僕の場合は、そういうのをそぎ落としてる感じですね。乗りづらくならないように、できる人にとっては邪魔な機能をなるべく外した。だから自分の板はプレーンなイメージなんです。どこにも特化していないというか、自分が入れた分だけ素直に反応してくれればいいっていう。滑るフィールドにシンプルに調和させていくイメージですかね。

滑る場所にあわせ、フリースタイルとターンを追求した究極のボードを完成させた
もの作りの経験によって新たな価値観が生まれた。ここから全てが繋がっていく
自分の意思を伝えると素直にボードが反応する。このフローなライディングは滑り手と板が完全にひとつになった瞬間

 

P U R E J A M

「誰かにやらされるんじゃなくて、自分がやりたいからやる。それができるのって、やっぱり仲間との “セッション” だった」

-今シーズンは自身がプロデュースした最新ムービー「PURE JAM」が話題になっているね。このプロジェクトをスタートしたきっかけを教えてもらえるかな?
タイトル通りなんですけど、純粋に自分が思い描いている滑りがしたかったってことです。僕はスノーボード歴24年で、確か3、4年目でプロになったから20年近くプロ活動をしていて。昔はRED EYES FILMだったり、カナダに行って3~4年くらい海外のビデオに出たり、BURTONにいた頃もありました。自分の気持ちがシーンやサポートしてもらっているブランドと同じ方向を向いていた時はなんとも思ってなかったんですけど、ある時から「俺はなんのためにスノーボードをしてるんだろう」って考えるようになって。スノーボードですごいことをしなきゃ評価されない。それは距離や高さだったり難易度とかもそうで、自分のスタイルよりも見せるって意味での絵的なことを意識しすぎている撮影の在り方が嫌になってきちゃって。
これは極端な話ですけど、撮影に行って2つポイントがあるとするじゃないですか。ひとつは日陰だけどすごく気持ち良さそうにずっとロングで壁をバチンバチン当てられる完璧な沢。もう一方は写真やムービーの絵になるクリフで光も当たってるジャンプスポット。この2つのポイントがあった場合、カメラマンは絶対にクリフを飛べって言うんです。昔はいい作品を残したいとか、名前を売りたいとか、海外で活躍したいっていう気持ちがあったから、撮影に重きを置いてたんですけど。こんな山奥まで来てアプローチもサイドスリップして、ターンもせずにジャンプで技をして着地してOKかOKじゃないかって。「こんなのスノーボーディングじゃねえ」って思うようになってきて。滑りにインパクトがないと見せる作品じゃないっていう感覚が、俺には違うなって思ってきて。俺がやりたいスノーボードって、絵を描くアーティストとか音楽を作ってる人と一緒なんじゃないかなって。自分の中で納得できてたり楽しめてないと、いい作品って言えないと思うんです。ジャンプも25歳くらいの頃が一番技もできてたんですけど、できなくなったというより、そこにあまり情熱がなくなっていったんです。その頃に「俺って山をひとつのラインで一筆書きで滑るのって、めっちゃ下手じゃん」って思うようになって。ターンもダセえなって気にし始めて、(廣田)鉄平くんとか先輩たちの今まで気付けなかったシンプルな上手さを理解できるようになっていったんです。
俺は好きでスノーボードを始めたんだから、別にそんなにすごいことをしなくても、自分が気持ち良く滑っていれば評価してくれる人も多分いるはずだと思って。自分の気持ちが乗ってる時は自然な流れで攻めればいいのかなって。誰かにやらされるんじゃなくて、自分がやりたいからやる。それができてるのって、やっぱり “セッション” だったんですよね。例えば(大久保)勇利と一緒にいたら「ジャンプしてーな、俺も」ってなるし。みのっち(見野雄祐)とか(中川)伸也さんとかと滑ってて、ピークtoボトムで気持ち良さそうな斜面があったら「気持ち良く滑ろうかな」とか。その時の自分の直感とかやりたいと思った衝動を大事にしたいって意味もあって、「PURE JAM」というタイトルの通りというか、凄さの追求じゃなくて『ピュアにスノーボードをどうやったら楽しめるか』っていう。そこをこのムービーでは追求したかったんです。

-それを伝えるために「セッション」というテーマだったんだね。共通の感覚を持ったスノーボーダーと純粋に楽しむ姿を撮影して、それをそのまま出していくっていう。
もちろんセッションと言っても撮影です。撮っていて「行けるかな、行けないかな」っていう自分なりの攻めはありますけど、決してそれは「怖えな、やりたくねーな」っていうのじゃない。やりたいからやってるっていうことなんです。さっき話したように「俺はこっちやりたいんだけど、うーん…」ってなるような環境には絶対にしたくはなかったし、ライダーがやりたいって言ったことを俺は楽しんでやろうと思って。人にあわせて「多分こういうところが好きだろうな、この辺行ってみないっすか?」って伝えてみたり、「ここを滑ろう」ってなったら「良いっすね!」って。本当にその人のバイブスで色んな人のスタイルを楽しんでいったっていう感じです。

-それぞれの出演ライダーとは、基本的には北海道で撮影してるんだよね?
雪質を最優先した結果、全て北海道での撮影になりました。ルイキ(増田塁揮)と撮影のタイミングがあったのは2月下旬から3月末までだったから、その時期に雪が良い所ってどこでも良いわけじゃなかったり。逆に1月、2月の雪がどこもいいタイミングに撮影することが多かったヒロ(藤本広海)とか鉄平くんとか勇利とは、「ゲレンデとかも行くっしょ!」って、ゲレンデの撮影もめっちゃ多いんですよ。でも特設パークを作ってもらってとかじゃないですよ。面ツルパウダーとか残り物のパウダーとか、誰でも行ける環境の中で全開に遊んだっていう感じです。

VOLCOMクルー(増田塁揮、植村能成)で上富良野バックカントリータイム。お互いのスタイルを尊重し、良い雪のついた斜面で気持ち良く滑りベストを尽くすだけだ
ニセコ グラン・ヒラフのナイターを楽しむ中井。誰でも行けるゲレンデもひとつの撮影スポットになる
学生の頃から付き合いの長い藤本広海との時間。今はお互い立場が違うが純粋にスノーボーディングを楽しめる貴重な仲間

-ロケーションというよりも、上質な雪を求めていったんだね。
限られた状況の中でもどう楽しめるのかがプロだと俺は思っていて。状況が悪くても絶対に良いところを見つけられるから。面の向きをみたり、標高が低い所の方が雪が溜まってて良かったりとか、今まで歩いて探してきた経験があるので、気持ち良く滑るためのそういう嗅覚はちゃんと持ってるつもりです。だから、これだけのメンツが揃ってるからロケーションにはあまりこだわりませんでした。究極は50mのただのオープンバーンしかない場所でどう魅せるか。与えられたコンディションでやれることをやれば良いでしょっていう感じだから、場所に対するこだわりよりも “良い雪で滑りたい” そこだけだったんです。

前方の廣田鉄平とのターンセッション。ゲレンデのオープンバーンという場所でどう魅せられるか。ターンと板作りを追求する者同士で分かり合えることは多い

-他に、このムービーで意識したことや伝えたいことは?
長く続いているものやブランドには何かの理由がありますよね。ライダーもそうだと思うんですよ。若くて上手いやつってどんどん出てくるけど、やっぱり長くやってるからこそ分かってることや、滑りの中で滲み出てくる動きがあるんですよね。俺が今回声をかけた中で年上だと、鉄平くんや、ウエさん(植村能成)、みのっち、伸也さんたちなんですけど、みんな長くスノーボーディングを続けていて経験値がある先輩たちで。自分って、そういう先輩たちと今のもろフリースタイルの若い世代のライダーたちとのちょうど中間の世代だと思ってるんですよね。両方のかっこいいところも知ってるし、でも今後新しいシーンだけをフォーカスしてしまうと、トリック重視でただのスポーツというか、カルチャーやスタイルのかっこいい部分だったり、根本的な部分を見失ってしまう気がしてるんです。今の若い子たちはターンとか滑るっていう重要なことにあまり気付いてなかったりしてて、でも全てはターンというか。ジャンプもターンの延長でライン取りで巻いて飛ぶじゃないですか。そういう意味でも、先輩と若手の間にいる俺らはちゃんとそういうスノーボーディングの本質を伝えていかないといけないと思うんです。そのことを、このPURE JAMを通して “楽しさ” っていう分かりやすいメッセージから伝えていきたいっていう想いがあります。自分はフリーライディングを追求する中で、飛びもガンガンやりたい。クラシックなものを大切にして、その中で自分たちの新しいスタイルを表現していきたい。自分たちが追求すべきものはネオクラシックなんだと思ってます。

若手ライダー大久保 勇利との世代を越えたセッション
撮影クルーでアイディアを出し合い、自分たちがやりたいことだけにフォーカスした
自分のスタイルを追求するというステージに辿り着いた中井。ターンへのこだわりはもちろん、流れの中でのフリースタイル要素も忘れない Photo: Gian

後編へ続く。

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今僕たちにできること。
次のシーズンに思いを馳せて「Reading for staying at home」。

中井孝治より読者へメッセージ
「今、世界中はコロナウィルスが蔓延して皆が普段とは違った生活を送っている状況だと思います。不要不急の外出自粛、テレワーク、そもそも仕事が…というかなり気が滅入りそうになることが起きています。自分はずっと滑る事だけに時間を使ってきたから、滑れない事や仕事のやり方が変わるのはとても不安だけど、そこを気にしても前に進まない。こんな状況の中でも、今は前向きにどうするか考えるしかない。テレワークもそうだし、家にいても出来ることを見つけ、今までやりたかったけどやれなかったことをやる時間に使ったりするのもいいと思っています。これをいつか仕事にしたいかもとか、もっと具体的に準備する時間に使ったり。そんな偉そうな事を書いてるなかで…自分はコーヒーが好きで、いつかカフェをやってみたいと思っていて、甘党だからドーナツも出したい!と思い、今は子供とドーナツを作ってみたり。もしかしたらそんなのがきっかけで始まることがあるかもしれない。普段とは違う日常を強いられている中で、なんとか変わらずにやろうとしても大変だし、このタイミングをきっかけにして、何か新しいことを始めたり、色々なことを考えたり見つめ直したり、やめたり、何か変わるきっかけにすれば良いと思っています。-中井孝治

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