堀井優作インタビュー

5年程前に初めて彼の滑りを見たとき、第一印象は荒々しく滑りながらも自分の中でイメージしたライン取りとランディングをするクレバーなライダーなのでは?感じていた。もちろん初めて話した時も非常に好青年であり、失礼だが、滑りと見た目が実際の話し方や応対に非常にギャップを感じた部分でもあった。
それから数年経ち、様々なエリアからの彼の評判も高く、今では世界のライダーと肩を並べてセッションできる数少ないライダーとして活躍している。

優作君がスノーボードを始めたきっかけを教えてください

僕の父親が地元のスキー場でスノーボードスクールをやっていたんです。その時父は普通にサラリーマンで週末には山に上がってスクールをやっていたんですが。そして父はサーファーでもあり昔からよく海や山、色んな所に連れていってもらっていました。

ですが正直に言うと最初は僕はそこまでスノーボードに興味が無かったんです。しかしある時、1993、1994年頃、多分僕が小学生4年生位だったと思いますが、やたらとスノーボーダーが増えてきて、周りの知り合いの大人もたくさんしていて、おねえちゃんや金髪の人とかをみて、「すごい!カッコいいしおしゃれ!」って思いました。そしてその時たまたま京都から来ていた高校生のスノーボーダーがいて、年が近いしやっと「スノーボードしたい!」と思う様になりました。

その時たしか160cm位の板で、アルペンのブーツで木の葉落としから始めたんです。それから20年ぐらい、小学4年生から今日の今までず~っとスノーボードにのめり込んでいる感じですね。
そういう意味ではやはり父の影響が非常に多かったと思います。

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その時に今の様な活動をしたい、というイメージはありましたか?

僕は小学校の時点でプロスノーボーダーになりたいっていう夢をアルバムみたいなものに書いた思い出があるんですよ(笑
あとは父がサラリーマンを辞めて1995年にスノーボードショップをOPENしたので、毎週山に上がるチャンスもあり、その時から一緒に遊ぶ人達が30歳位の人達だったり、部活もやっていなかったので普段はスケートボードして・・・友達と遊ぶよりそっちのほうが多かった気がします。

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13-14シーズンはどのような動きをしていましたか?

シーズンはじめは足慣らしに家から近い兵庫県内のスキー場で滑っていました。それ以降は殆ど地元には戻らない感じでした。先シーズンは白馬にもよく行きましたね。あとは1回北海道にも。西は島根県にも滑りに行きましたね。あとは北海道ではキーガン・バライカとフォレスト・ベイリーと一緒に撮影したりしてました。なんかよくわからないけどいつも日本でも外人と一緒に居る感じでした。この間ポートランドに行った時も「フォレスト、家泊めて」って感じで泊めさせてもらいました(笑

1940 tag boat
1940年代、戦時中は武器の輸送船だった、今は北ポートランド、ウィラメット川に浮かぶこのタグボートをラジオ局にしてしまおうというプロジェクトにフォレストの誘いで参加することができた。たまたまLAからAKをロードトリップで目指していたジャックも一緒に。自分たちで壁材を用意して、冷たい錆びた鉄にインサレーションボードをはりつけた、このプロジェクトに参加している人たちのバックグラウンドは様々で、日本人である自分とある意味対話しているようであった。フォレストと過ごしたポートランドはこれまでとはまるで見違える程文化的でありアーティスティックな毎日だった。 -堀井優作

今回の6週間のアメリカトリップもそうだったんですけど、向こうの友達に本当に気持ちよく歓迎してくれて。まあ今回全くなんにも考えずにミッドウエストに行っちゃってました(笑
最初はミネアポリスに行きました。4月の頭のシーズンの終わりだったんですが、雪が降ったりしたので皆で公園で小さいキッカーつくって遊んだり。あとウィスコンシンに若手のジバーがジブアイテムで練習しまくっているトロルハーゲンっていうスキー場があるんですが、そこで最終日に滑ったり。

その後ユタに飛んでBCの撮影してからHoly bowlyって感じでした。この後ミネソタに戻ろうって思っていましたがSnowboarder Magazineのスタッフが「優作、SuperPark来るでしょ?」と言ってきて・・・現金も少なかったんですけど面白そうだったのでとりあえず「行く!」って言ってクレジットカードで乗り越えてました。
そうしている間にAIRBLASTERがHoodでイベントやるぞってことになり、SuperParkの前でスケジュールもドンピシャで、AIRBLASTERに航空券とかも手配してもらって・・・ラッキーでしたが、まあ忙しくドタバタって感じでしたね。そしてミネソタに殆どの荷物を置きっぱなしだったのでそれを引き取りにいって(笑)
殆どに着替えとかの荷物を置きっぱなしでアメリカ国内を動いていたので着る服がなくて、途中みんなに「Tシャツくれー」とか言って貰ってました。

Oregon coast
オレゴンコーストを訪れたのは初めて、エアブラスターのチームミーティングが終わると昼間にサーフィンをした時とは全く違う景色が目の前に広がっていた。そうだ、このとき写真に写っているベンリンチと一緒に写真を撮りに出かけたんだ。ベンとはなぜか気が合うような気がしていた、ただ、今も仲がいいとかじゃなくて気が合うような気がしているようなそんな感じ、でもそんな感じが心地よかった。もっともこの景色を見れた事は無理に口にしなくてもお互いが感じた事でありこの瞬間に僕とベンがたまたまそこに居あわせただけのプレシャスな時間だっただけなんだ。-堀井優作

Mt hood
誰もいない春のフッドで1人降り積もった雪を楽しんだ。夏のカオスとはうってかわった静寂と妙な心地よさがあった。神は信じないがマウントフッドには神秘的な力があると信じている、この土地で出会いこの土地から始まった事が山ほどある。マウントフッドは写ってはいないが。背を向けた自分はなんともちっぽけで非力で自然に馴染めない不自然な自然体である。-堀井優作

そして昨日、5/24に日本に戻ってきました。今回は非常にアクティブに動けた良いトリップでしたし、現地では日本人も殆ど居なかったので、今日本語を話しているのもなんだか違和感あります(笑
結果今年は日本でも色々動く事ができ、海外でもHoly bowlyやSuperParkにも参加できて、怪我も無くとてもよかったシーズンでしたね

優作君の滑りのイメージだと結構怪我してそうなイメージがありましたが

そうなんですよね・・・ちょっとしたのはよくあるんですけど、入院したりとかは無かったのでよかったです。ただ先シーズンは白馬で川に落ちたことがあって。撮影中にランディングして、メイクしたのでちょっと気を抜いてたらそのまま川に落っこちて。それはさすがに危なかったです。

今年DeeluxeでYUSAKUのブーツが国内及び世界でリリースしますが、このブーツをどういう思いで作りましたか?

やはり自分の名前がつくということは、自分の人格がポートレートの様にこのブーツに表現されるという事だと思います。自分のライフスタイルとか行動とか、スノーボーディングでの動きとかを僕はブーツを通して感じてもらえると思っています。そして見て、履いて、みんなと自分を繋ぐものになる存在であって欲しいです。

1817もそうだし、DAYZEもそうだし、僕だけなら個人なんですが、僕もサポートしてサポートされて出来上がってきたブーツなのでとても面白く、楽しいブーツでもあります。For Lifeと書いてあったりしますが、それは1817が1817 for lifeとしてメッセージを掲げていたりして、そこに自分のイメージも似ている部分があったのでFOR LIFEと入れたりしました。

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ブーツのアウター自体の動きやフレックス等はかなりJTさんと何度もやり取りさせてもらいましたね。あとはソールを薄くして足裏感覚を大事にしたり、アウターの高さを1cm弱低くしています。そしてブーツの紐とスピードレース、両方使える様にしました。ライディングでハードに使用しても、何かあってもどちらかでブーツを締めれます。もちろん紐を外してスピードレースだけで滑っても面白いんじゃないかと。僕は実体験で紐とスピードレース、両方使用した方が良いと思ってます。

素材はかなり悩みました。ここはDAYZEの良輔とかなり話し込みました。ヒールカップ付近のアートワーク等色々デザインしてもらいました。素材感はかなり細かい所まで二人で探して、JTさんに頼み込んで本国と調整してもらって、何百種類もある素材の中から一つずつ探していきました。これは壮絶なやり取りでしたね(笑

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JTさんコメント

「これはね、たしかに壮絶なやり取りでした(笑
毎日電話等で打ち合わせして、中国とスカイプしながら待たせて優作と良輔とかなり話し込んだり。
どの素材にプリントアウトするのか、アートワーク細か過ぎてが綺麗になかなか作れなくて大変だった事など、かなりの労力をかけて作り出せました。そしてDeeluxeの本国も作り上げる前にアイディアだしてもとても協力的にサポートしてくれました。なのでこれだけ反響があると作り出せたと思うと感慨深いですね。」

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DAYZE, 堀井良輔さんコメント

「他のブーツに無い素材で自分たちが好きな素材を何度も話し合いました。 例えば90年代のようなシルバーのリフレクターなどですね。
あとインパクトがある様にしたいと常に考えていました。色合いやデザインもですね。
ヒールカップのデザインもとても細かいのでなかなかプリントアウトできなくて苦労しました。グラデーションっぽく見えると思いますが、本当のグラデーションだと工場では作れないクオリティだったので、グラデーションっぽく見える為に何度も作り直しました。そしてもう一つ大事にしていたのが、作り上げたものがエモーショナルなブーツとしてリリースする、という事でした。」

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そう思うとプロセス自体がとても良かったです。Deeluxeでブーツ作る事になった時、その当時まだ本国に行った事が無くて。でもすごくいいタイミングでJTさんが去年ツアーに連れていってくれて、それでオーストリアのみんなと良い時間、体験をさせてもらい、Deeluxeの空気感と1817のミネソタの空気感が良い意味で混ざり合った素晴しいプロダクトができたと思います。
最初は「全部スウェードで!」とか言っていたんですが(笑)
JTさんに「それだと10万越えるブーツになるぞ」とか言われて(笑
そんなことも良い思い出の一つでした。

結果このブーツからは僕のライフスタイルが出ている、と断言できます。そしてDeeluxeから僕の名前のブーツがリリースされる事に感謝しています。

優作君が目指すスノーボードスタイルというものはどういうスタイルでしょうか?

昔は多分あの滑りをしたい、こういう風になりたい、という気持ちがすごくあったんですが、今はとにかく綺麗に滑りたいという気持ちが強いです。例えばライン取りってすごく大事だと思うんですよ。細かい事を言えば山へ向かう時から既に始まっていると思うんです。そういう生活も含めていいラインを描きたいと思います。一日の流れ、一週間の流れ、そして1シーズンの流れも同じです。

見た目という意味での滑りに関しては未だにプロセスの中の過程の中の過程ぐらいでまだまだ探っている状況です。
僕はスタンス幅とかも含めて毎回違うんです。ハイバックを外す年もあるし、つける年もあったり。だからといって適当ではなく、それも含めて自分が変化していく事も大事な事だと考えています。要するにその時の自分の気持ちに誠実にいたいという事なんだと思います。ちなみに今の自分のスタンスアングルは前足12度、後ろ-12度ですね。ですがたまにもの凄く角度つけてみたり、全く角度つけなかったりと様々です。そしていまだに自分は探し続けているんだと思いますし、ジブとかパークとかフリーランとか、違いを作りたくないんです。そういう気持ちをこれからも維持し続けて行きたいです。

これが僕のスノーボードスタイル、ですね。

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2014-2015 Deeluxe デジタルカタログはこちらから

2014-2015 UNION デジタルカタログはこちらから

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プロフィール

名前:堀井優作(ほりい ゆうさく)

年齢: 29歳

好きな事: アホな話 飲酒 カオス
嫌いな事: 理解がないヘイトは嫌いなんで日々尊敬と感謝の気持ちを持つ事が大切な事ではないかとおもっています。

スポンサー: SIGNAL AIRBLASTER DEELUXE UNION ASHBURY HOWL GNARLY AREth
CRABGRAB ONEBALLJAY PLUSONEWORKS MICA ARCADE STONP 1817
MDP 炭火焼肉深山 PANASH 輪生む イブキ接骨院

Text and edit by
Credit_Kazu

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